そもそもの前提として、「フリーランスは滞納する確率が高い」といえるのでしょうか?
逆に、滞納する確率が高いのは、どのような属性の人なのでしょうか?
考えるきっかけになったのは、この記事です。
「10年分の前払いもできるほど預金があるのに家賃6万の審査に落ちた」フリーランスは家を借りるのにも苦労するという話 - Togetter
不動産屋も商売なので、滞納リスクの高い客に家を貸したくないのは分かりますが、この事例は可哀そうと言わざるを得ません。
この問題の背景には、「フリーランス=収入が不安定=滞納リスクが高い」という認識があるわけです。
しかし、その認識は果たして正しいのでしょうか?
というわけで、エビデンスを探すべく、滞納リスクに関する論文等をあさってみました。
結論を先にいいますと、正しいとはいい難いというのが答えです。
以下、その理由について、データに基づきながら示していきたいと思います。
1.フリーランスの廃業率は高い
フリーランス(個人事業主)の廃業率は、1年で約38%、3年で約60%、10年で約90%となっています。
(こちらのページが分かりやすくまとめています。元のデータは中小企業白書 第2節 事業の存続・倒産と再生に掲載されています。やや古いデータですが、これより新しいデータは見つけることができませんでした)
一方、こちらは参考までにですが、年初(平成29年)の労働者数に対する割合である離職率をみると、一般労働者の離職率が 11.6%、パートタイム労働者の離職率が 25.5%となっています。
( 厚生労働省 平成 29 年雇用動向調査結果の概況を参照。10年間における離職率等についてのデータは見つけることができませんでした)
これらのデータを見て考えると、フリーランスが数年後も現在の職を続けている確率は、いわゆるサラリーマンやパートタイム等と比べると少なそうに思えます。
しかし、次に生じる疑問点は、フリーランスの廃業率が高いからといって、家賃を滞納するリスクが上昇するのか?
そもそも、どのような要素があると、家賃滞納のリスクが高まるのか?
ということです。
2.家賃滞納のリスク因子は何か?
家賃滞納について研究した論文やデータはないかと探してみたところ、『博士論文:低所得者の居住安定に関する制度検討(宗健,2017,筑波大学) 』というものを見つけたので、今回はそれに沿って話を進めてみます。
まず、所得が低いことが家賃滞納のリスクとなるかということについては、執筆者は否定しています。
世帯年収の低い層(400万円未満)は他の層に比べて家賃滞納確率が高いものの、世帯年収の高い層(2000万円以上)も極めて高くなっています。(表 5-12 家賃滞納アンケートデータを用いた二項ロジスティック回帰分析結果 参照)
また、家賃12万円以上になると、3か月分の家賃滞納に至る確率が非常に高くなっていることからも、「所得の多い人は滞納しにくい」と一概にはいえないことがわかります。*1
さらに進めていくと、所得の多寡よりも、金融資産の大小の方が、家賃滞納リスクへの影響が強いことが判明しました。
金融資産が0であったり、100万円未満だったりすると、滞納する確率が高いようです。
これについては、直感的にも理解できますね。
金融資産が多ければ、病気や失業等の不測の事態が起きても、対応できる可能性が増えるからでしょう。
さらにこの論文では、「所得や金融資産に影響を与えているのは何か?」ということも調べており、行動・思考様式がその背景にあるのだと結論付けています。
行動・思考様式とは何ぞやという話ですが、本論文では、次の4つに分けて考えています。
- リスク回避因子…「物事を論理的に考える方だと思う」「老後に備えて貯金しなければと思う」等
- 人間関係因子…「困った時に相談できる友人・知人がいる」「仕事関係の人間関係は良好である」 等
- やる気因子…「よく本を読む」「仕事や学業に熱心に取り組んでいる」等
- いい加減因子…「人から借りたものを返すのを忘れてしまうことがある」「飲み会等で盛り上がって、ついお金を使いすぎることがある」等
このうち、特に「リスク回避因子」および「やる気因子」が、家賃滞納に影響を及ぼすことが示されています。
また、他の因子も、職業選択や婚姻状況等に影響をおよぼしており、結局はこれら4つの因子が年収や金融資産にも直接の影響をおよぼしていると論じています。
家賃滞納するケース
人間関係因子が弱い(うまく人間関係を構築できない)ため、無職となり個人年収が低くなる。同時に無職で低所得だと結婚しない傾向となり、それが世帯年収の増加を妨げる。さらに、やる気因子が低い場合には金融資産を構築できず失業や病気等をきっかけにして家賃滞納を引き起こしてしまう。また、いい加減因子が高いと婚姻を妨げ家賃滞納にも正の影響が直接ある。さらにリスク回避因子が低ければ家賃滞納を起こしやすい。(5-5-5 構造方程式モデリングによるパス解析結果 より)
最後に、執筆者は次のようにまとめています。
家賃滞納の原因は所得ではなく、行動・思考様式がその背景にあることが最も重要な結論である。行動・思考様式の因子が、職業選択や婚姻状況に影響を及ぼし、それが個人年収や世帯年収に影響する。そして因子が金融資産の蓄積にも直接の影響を及ぼす。それらの結果として金融資産の少なさが失業等の場合に家賃滞納を引き起こす大きな要因として現れる、ということである。 (5-6本章のまとめ)
所得が低いのは金融資産を貯めるのに不利かもしれないが、金融資産を貯めるのにより大きな影響を与えているのは、その人の行動・思考様式である、ということですね。
3.フリーランスのみを理由に家を貸さないのは合理的ではない
論文によると、自営業や自由業に属する人は、他の職種と比べると確かに家賃滞納リスクが高めでした(ちなみに、自営業は自由業ほどは高くありませんでした。断トツで滞納リスクが低いのは公務員です)。
しかし、滞納に至るのは、前述したとおり、金融資産の少なさが要因ですので、まずは「金融資産はいくらあるか?」を重視すべきです。
(金融資産は明確な数字で表すことができるので、使い勝手も良さそうです)
特に、冒頭の「10年分の前払いもできるほど預金があるのに」というフリーランスの方は、金融資産が大きいことから、フリーランスという理由だけで落とすのは少々乱暴といえましょう。
というわけで、フリーランスという理由だけで家を貸さないのは合理性を欠くというのが結論です。
4.まとめ
この記事をまとめると、下記の通りです。
- 所得が多いからといって、滞納リスクが低いとはいえない。
- 金融資産が小さいと、失業や病気等をきっかけに家賃滞納をしやすい。
- 金融資産が小さくなる要因は、所得よりも、行動・思考様式による影響が大きい。
- フリーランスということだけを理由に家を貸さないのは合理性に欠ける。
以上、一つの論文をベースに考察してみましたが、いかんせん専門家ではないので、何かしら読み違えている点や誤りなどがあるかもしれません。
また、他に異なる論じ方をしている論文等もあるかもしれません。
もしご指摘やご意見等あれば、ご教示いただけるとさいわいです。
*1:これについては、執筆者は次のように推察しています。「家賃 12 万円以上で滞納月数 3 に至る確率が非常に高い(全国で 12 万円台:オッズ比 1.81、13 万円台:同 2.73、14 万円台以上:同 3.44)ということから、収入等による理由ではなく、ある程度の意思を持った滞納が一部に起きている可能性がある、という点がある。家賃滞納については、クレジットカードや割賦販売、貸金業等の業界にある信用情報機関が十分に整備されておらず46、意図的な家賃滞納者を事前に判別することは事実上不可能であり、それがある種のモラルハザードを起こしている可能性がある、ということである。」5-6本章のまとめ 6)より