金色の昼下がり

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ヒーリングっど♥プリキュア 6話 感想 全力考察 のどかの頬になすりつけられたもの

 ヒープリの6話、ダルイゼン君がすごかったですね。なんかもういろいろすごくて言葉を失いながら視聴していました。ヒープリはヒープリで「すごい」作品だなと思います。

 

 この記事はヒーリングっど♥プリキュア6話の感想考察です。ネタバレを含みますので未視聴の方はご注意ください。

 

 

 

平泉ひなたは謝らない

 ちゆさんから注意を受けるたびに「ごめん」と謝っていたひなたさんが、ラストではきつめの注意を受けても一切「ごめん」と言わくなる、というのがヒープリ5話でした。そこでは、二人の関係性に「変化」が起きたことが如実に描かれていたわけですが、6話でも、そんな二人の関係性が見えるシーンがありました。

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

ひなた「え~! のどかママ、今日から出動なんだ~!」
ちゆ「出勤ね」

 

 ちゆさんの冷静なツッコミに対して、ひなたさんは反応すらしません。表情を見る限り、ちゆさんの訂正に対してイラっとしているわけではないでしょうし、ちゆさんもまた、ひなたさんにイラっとしているわけではないでしょう。こういう(天然)ボケとツッコミのやり取りは、はもはや特別なことではなく、日常の一部になっているわけです。このカットでは、初めはぎこちなかった二人の距離が、ぐんぐん接近してきたことが表現されていたのだと思われます。

 

ビョーゲンズの3人が戦う理由

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

ダルイゼン「別に。オレは最終的に、この星が暮らしやすくなれば、何でも」

 

 ビョーゲンズの三幹部は、それぞれの目的が微妙に異なっています。シンドイーネ様は「キングビョーゲン様の復活」、ダルイゼン君は「地球を暮らしやすくすること」、グアイワルさんは…今のところ、他の二人ほど明確な目的意識は見えませんが、プリキュアと戦うことを楽しんでいる描写があったので(ヒープリ4話)、強いていえば、「相手を打ち負かすこと」そのものを目的としているのかもしれません。

 まとめると、

 

  • ダルイゼン→地球を暮らしやすくすること(病原体の定着)
  • シンドイーネ→キングビョーゲンの復活(病原体の繁殖)
  • グアイワル→相手を倒すこと(免疫システムの突破)

 

 こんな感じとなり、三人とも、まさに現実の病原体のような目的意識を持っていることが分かります。

 

 ついでに言うと、各話で登場するエレメントさんについては、

  • ダルイゼンの出撃時→「花」「木」「実り」
  • シンドイーネの出撃時→「水」「泡」
  • グアイワルの出撃時→「光」

 

 となっています。

 つまり、

  • ダルイゼン⇔グレース
  • シンドイーネ⇔フォンテーヌ
  • グアイワル⇔スパークル

 

 というふうに対応していることが、ここでも示されているわけですね。

 

ダルイゼンは「生きてるって感じ」を蔑む

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

ダルイゼン「あーあ、ツヤツヤしちゃって。生きてるって感じ」

 

 ダルイゼン君は出撃するたび、まるで揶揄するかのように「生きてるって感じ」と言い捨てています。他者の「生きてるって感じ」を蔑んでいるようにも見えますが、だとしら、なぜダルイゼン君はそんな「歪んだ想い」を抱いているのでしょうか?

 

 もう一度、先ほどのダルイゼン君の台詞に戻ってみます。彼はこう言っています。

 

ダルイゼン「オレは最終的に、この星が暮らしやすくなれば、何でも」

 

 つまり、ダルイゼン君たちにとって、いまの地球は「暮らしにくい」ということです。イチゴがツヤツヤとしている=生き生きとしている現状は、裏返すと、ビョーゲンズたちが「生きづらい世界」であることを意味しています。言葉を変えれば、イチゴがツヤツヤしているのは、ビョーゲンズたちの暮らしやすさと引き換えとも言えます。

 

 実際、ヒープリ2話でも、ビョーゲンズの最大の目的として、次のように語られています。

 

www.konjikiblog.com

ニャトラン「(ビョーゲンズは)自分達にとって住み心地の良い世界に変えようとしてんだよ」
ペギタン「でもそれは、ビョーゲンズ以外の命はどんどん弱って、死んじゃう世界ペエ」

 

 ビョーゲンズにとって住み心地の良い世界は、ビョーゲンズ以外の命にとって住み心地の悪い世界であり、ビョーゲンズ以外の命にとって住み心地のいい世界は、ビョーゲンズにとっての住み心地の悪い世界なのです。そう考えれば、ダルイゼン君が「生きてるって感じ」にイラっとするのも分かりますし、「生きてるって感じ」を蝕もうとするのも理解できます。(実際、ビョーゲンズの生活している世界は、そもそも座れるようなスペースも乏しく、娯楽も少なそうで、居心地悪そうに見えます)

 

のどかの顔になすりつけられたもの

 ヒープリ6話では、人間の感覚では「酷い」と感じる場面がいくつか見られました。

 

  たとえば、このシーン。

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

農家「おれの…おれの大事な子どもたちが…」
ダルイゼン「子ども? フン、何言ってんの。人間から植物は生まれないよ」
やすこ「そういうことじゃないでしょ! あんた、人の心ってもんがないの?」
ダルイゼン「ないね。人間じゃないし」

 

 また、こちらのシーンも。

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

のどか「お母さん!」
ダルイゼン「フッ…弱…」
のどか「許せない…!」

 

 これらの描写によって、

  • ビョーゲンズは人間と同じ存在ではない
  • ビョーゲンズは他者を損なわせることに何ら躊躇などない

 

 ということが効果的に示されているわけですが、これらのシーンは、ほんの「前菜」に過ぎませんでした。

 

 おそらく多くの視聴者を震撼させた、ヒープリ6話におけるもっとも重要なカットのうちのひとつがこちらです。

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

ダルイゼン「いいの? お前は行かなくて。ああ…動けないんだっけ」
のどか「あなたたち、何でこんなひどいことするの!」
ダルイゼン「ひどい、何が?」
のどか「地球を病気にして、みんなを苦しめることだよ!」
ダルイゼン「決まってるだろ。おれはその方が居心地いいからさ」
のどか「自分さえよければいいの?」
ダルイゼン「いいけど」

 

 メガビョーゲンの生み出した「病原体のモヤ」のようなものを、ダルイゼン君はあろうことか、ラビリンの顔に、そしてグレースの頬になすりつけます。

 

 ここで描かれているのは、ダルイゼン君の身勝手さ――その「エゴ」です。ダルイゼン君は徹頭徹尾、自分のことしか考えていない、どこまでも「利己的な生き物」です。自分がよければ、それでいいのです。

 

 何でひどいやつなんだ!

 自分勝手すぎる!

 エゴの塊だ!

 

 …という私たち視聴者の心を代弁するかのように、のどかさんはダルイゼン君に詰め寄っていたわけですが、のどかさんがダルイゼン君に反論していたのは、ある種の「説得」だったとも言えます。「何でこんなひどいことをするの!」という怒りは、「こんなことをしたらだめでしょう?」という「説得」の意味を含みます。

 

 この時点までは、のどかさんもダルイゼン君を「同じ人間」として扱っていました。しかし、ダルイゼン君が自ら言っているとおり、彼らは人間ではありません。人間ではない存在に、人間の道理を押し付けてもしかたありません。彼らには彼らの道理があり、両者の認識のあいだには「大きな断絶」があります。

 

 ダルイゼン君がのどかさんの顔に「モヤ」をなすりつけたことによって、ようやくのどかさんは悟るのです。彼らは人間ではないのだ、ということを。それは、のどかさんだけではなく、私たち視聴者にとっても同様です。

 

 要するに、この「なすりつけシーン」は、ビョーゲンズが「人ならざる者」であり、「価値観を共有しない者」であり、私たちにとって「魔なる者」であることを印象付ける重要なカットになっているわけです。

 

 ビョーゲンズたちが、そのような「魔なる存在」であることをメインターゲットの子どもたちに分かってもらうには、生半可な攻撃では物足りなくなる危険があります。かといって、あまりにも残虐な行為は、当然のことながらキッズアニメとして表現できるものではありません。ビョーゲンズの「病気らしさ」を活かしながら、その「ぞっとする感じ」、「分かり合えない感じ」、「得体のしれない感覚」を過不足なく伝え、キッズアニメの倫理を逸脱しないラインを狙った表現――それが、このカットに込められたものだったと、私は思います。いや、すごいカットでした。私は大好きです。(※1)

 

<2020年3月14日追記>

※1 これ…書くかすごく悩んだことなのですが。

 ダルイゼンがグレースの頬にモヤをなすりつけたこのシーン、ネット上では「暴力的すぎる」という意見も見受けられます。実際、あの行為は、私自身も「ぞっ」としたこともあり、暴力的であるという点については同意です。問題は、それが「子どもに見せるには暴力的すぎる」のか、「セーフ」なのかということで、私は後者の立場ですが、前者の考えも理解できます。(感性は人それぞれ)

 

 ただ、「女の子の顔にあんなことをするなんて」という意見もあり、それについては、「男の子だったらいいの…?」「女の子だから駄目なの…?」と考えたりするのです。終わり。

 

対立構造が目立つヒープリ

 プリキュアは、言葉の使い方や表現のひとつひとつに深い「意味」が込められている作品です。たとえば、前作のスタプリでは、「許せない」というワードは非常に限定的に用いられていましたが、ヒープリは逆です。ヒープリは、「許せない」「なんでこんな酷いことをするの」「人の心ってもんがないの」と、プリキュアサイドとビョーゲンズの「対立構造」が顕著に浮かび上がるような表現を、繰り返し行っています。

 

 そんな両者の「対立構造」は、こちらのカットでより明瞭に描かれます。

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 互いの目に宿るのは、「相手を倒す」という想いです。

 まさに、一触即発の空気…しかし、それを破ったのは、のどかさんでした。 

 

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

のどか「スパークル!」
ダルイゼン「え?」
(略)
ダルイゼン「あいつ、オレに切れてたくせに」

 

 スパークルがピンチになっているのを目にして、のどかさんはすぐさま彼女のもとに駆け付けます。目の前の「憎き敵」を置いて。

 

 その様子を見て、ダルイゼン君は「オレに切れてたくせに」と不満を散らしますが、そこには、プリキュアとビョーゲンズの「違い」がうかがえます。ダルイゼン君は徹頭徹尾自分のことしか考えていませんが、のどかさんは違います。のどかさんの行動原理は「助けたい」という想いです。彼女は、「他人」のことをいつも優先して考えており、それはたとえ、母を傷付けた「憎き敵」を前にしても変わることはないのです。それこそが、プリキュアとビョーゲンズの「決定的な違い」だと言えます。

 

 逆にもし、あのとき、スパークルを助けに行くのではなく、ダルイゼン君との一騎打ちを選んでいたならば。のどかさんは、ビョーゲンズと同じ場所に「堕ちる」ことになっていたかもしれません。

 

 ところで、ヒープリがなぜこのような両者の対立構造を目立たせて描いていているのかというと、それが本作のプリキュアに与えられた「試練」だからだと考えます。

 

 本作のプリキュアは、「異種の生物(ヒーリングアニマルやエレメントさん、エレメントさんの宿る存在)とパートナーになる」ことで、プリキュアとして力を享受します。つまり、ヒープリは「異種の生物とパートナーになる」ことを「是」としているわけですが、それに対するアンチテーゼが「ビョーゲンズ」の存在です。

 

 ビョーゲンズもまた、「異種の生物」であることには変わりありません。異種の生物とパートナーになることを「是」とするならば、のどかさんたちは次のような疑問を解消する必要があります。

  • ビョーゲンズとはパートナーになれるの?
  • なれるとすれば、どうやって?
  • なれないとすれば、なぜ?
  • ヒーリングアニマルとビョーゲンズは何が違うの?
  • 私たちとビョーゲンズは何が違うの?
  • そもそもパートナーになるってどういうことなの?

 

 これはのどかさんたちに提示された「試練」であり、私たちに提示された「問い」なのです。

 

※ 異種の生物とパートナーになることを、「共生」とも言います。「共生」はヒープリのテーマのうちのひとつになっていますが、それは何も「互いに助け合う関係性(相利共生)」だけを指す言葉ではありません。片方だけが利を得て、もう片方は利がないような関係性も「共生(片利共生)」ですし、片方だけが利を得て、もう片方は害されるというような関係性も「共生(片利片害共生)」です。また、同じ生物同士であっても、ある時には相利共生の関係にあり、ある時には片利片害共生になるということもあります。

 

参考文献:

www.hitohaku.jp › infomation › greeting

https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei3/p1-3.pdf

『共生のひろば 3号,1-3,2008年3月』兵庫県立 人と自然の博物館(ひとはく)

 

テアティーヌのパートナー

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第6話(C)ABC-A・東映アニメーション

テアティーヌ「きっとラテたちも、いい人間に会えたのね」

 

 テアティーヌ様の台詞と同時に映るのは、人間の形をした石造です。「ラテたち『も』いい人間に会えたのね」という発言によると、テアティーヌ様「も」、遠い昔にいい人間に出会えたのかもしれません。もしそうだとすれば、その人間というのが、この石造のモデルとなった人物であり、この石造のモデルこそ、テアティーヌ様のかつてのパートナーだったと考えられます。(違ってたら恥ずかしいやつ)。

 

終わりに:「犬」や「イチゴ」ともパートナーになれるけれど…

 今回は「家族」や「パートナー」というテーマが裏では描かれていました。

 ラテは犬ですが、今や、花寺家の家族の一員でもあります。農家さんの育てていた「イチゴ」は、農家さんにとって「子ども」でもありました。私たち人間は、他の様々な生物とも、「家族」になれたり、「パートナー」の関係を結んだりすることができます。

 

 それらは、互いに助け合う関係です。ひとりでいるのが寂しかった幼いのどかさんとラテは、それぞれがやすこさんに助けられています。そして今回は、ビョーゲンズに襲われたやすこさんを、のどかさんとラテが助けています。

 

 他者の助けを借りること、他の生物の助けを借りることで、私たちは「生きる」ことができる。そんなことを、ヒープリは教えてくれているようです。

 

 …しかし、ひとつだけ、忘れてはならない事実があります。

 それは、私たちが他の「いのち」をいただくことで、この居心地のいい世界を享受しているということです。他のいのちに「助けてもらっている」と言えば聞こえはいいですが、見方を変えれば、他のいのちを「損なわせている」とも言えるはずです。

 

 …さながら、ビョーゲンズのように。

 

 ダルイゼン君がグレースの頬に「それ」をなすりつけたことを糾弾する私たちは、他のいのちに「それ」をなすりつけたことはないと、自信を持って言えるでしょうか。

 

※ヒープリ5話の考察です。ちゆさんとひなたさんは何が違ったのか?

www.konjikiblog.com

 

※神アニメ・スター☆トゥインクルプリキュアをまとめて振り返りながら考察しています。後編は…もうちょっとお待ちください…(小声)

www.konjikiblog.com

 

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