金色の昼下がり

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【ヒープリSS】『平光ひなたは続きがしたい②』※ちゆひなの二次創作

 まだ付き合っていないちゆひなが温泉デートする話 その②です。

 百合・GLです。全年齢向けですが、イチャイチャ度がかなり高めです。苦手な方はご注意ください。

 

その①はこちら

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(ちゆひな/百合・GL/全年齢向け)

 

 

 

『平光ひなたは続きがしたい②』

 

 夢を見ていた。
 ちゆちーがあたしにキスする夢だ。
 それも、普通のキスじゃない。キスをしては、何でだか分からないけど、あたしの口の中に空気を送り込んでくる。
 あたし、息フェチだと思われているのかな。……いや、息フェチって何?
 ヘンテコな夢だけど……でも、まあ、うん。とりあえず、もう少しこのままでもいいかな……。
 なんて考えていると、ちゆちーは今度はあたしの胸に手を当てる。あたしは服を着ていなかったので、ちゆちーの手が直接肌に伝わる。
 ……って、いや、ちょっと! ちょっとちょっと! それはさすがにダメだよちゆちー!?
 抗議しようとしたとき、ちゆちーがあたしの胸をぐっと押し込んだ。


「うぐっ!? いっ……痛ーーーーッ!?」


 全力で叫びながら飛び起きる。胸を押さえながらゴロゴロと転がる。痛い。めっちゃ痛い。涙が出るほど痛かった。


「ひなた……」


 ちゆちーが目を見開いてこっちを向いていたので、あたしは両腕で自分の体を隠す。服を着ていないのはあたしだけではなく、ちゆちーも同じだった。


「な、なんなの、ちゆちー!? めっちゃ痛かったし~~~~!」


 あたしにとっては当然の怒りだったけど、ちゆちーはあたしがどうして怒っているのか分からないらしい。しばらく呆然としていたかと思うと、今度は飛び込むようにしてあたしに抱き着いてきた。


「ちょっ、ち、ち、ちゆちー!?」
「よかった……本当によかった……ひなた……」
「よかったって何が!? と、とにかくいったん離れてよ! いろいろアレだから! いろいろアレだから!」


 あたしが必死に言うけど、ちゆちーはなかなか離れてくれなかった。
 そのまましばらく泣き続けるので、あたしもすっかり困惑して、悩んだ末にちゆちーの背中に手を回す。トントン、と軽く叩いてあげると、ちゆちーもだんだん落ち着きを取り戻したようだった。
 ようやく体を離してくれたちゆちーは、目にいっぱい涙を浮かべていた。


「あのさ……ど、どうしたの……? 何があったの……?」
「だって……ひなた……倒れてるんだもの……」
「いや、ちょっと寝てただけだよ……?」


 どうやらちゆちーは盛大に勘違いしていたらしい。


「そ、そうだったの……? 服も着ていなかったし、てっきり、心室細動で倒れてるんじゃないかって……」
「シンシツサイドウ……?」
「心臓が小刻みに震えるせいで血液をちゃんと送れなくなる状態のことよ……AEDの講習を受けたときに出てきたでしょう?」
「あ、あー。なんか、習った気がする。うん」


 嘘だ。まったく記憶になかった。


「慌てて人工呼吸と胸骨圧迫をしたんだけど……でも、ぜんぜんダメね。わたし、完全にパニックだった。助けも呼べてないし、AEDを持ってくるのも忘れてたし……」


 ちゆちーが暗い顔をしながら自分を責めるので、慌ててフォローする。


「よ、よく分かんないけど、別に倒れてたわけじゃないしさ……」
「今回はたまたまそうじゃなかっただけよ……? もし本当にひなたが倒れていたら、わ、わたし……ひなたのこと……助けられて……なかった……」


 そう言って、またちゆちーは泣きだしてしまう。


「わたしのせいで……ひなたが死んじゃうところだった……」
「も、もう……大袈裟だよ……ちゆちー……」
「でも……だって……」
「ちゃんとあたしは生きてるから。ね?」


 あたしはちゆちーの手を両手で包み込む。
 ちゆちーの手はあたしよりも温かかった。きっと、焦りながらも必死に動いていたからなんだろう。


「……ひなたの心臓は、ちゃんと動いてる……?」
「うん。動いてるよ」
「本当に?」
「……そこまで疑うなら、確認してみる?」


 ちゆちーの手を持って、胸の真ん中に押し当てる。
 ドク、ドク、と鼓動の音が伝わっているのが分かる。


「……鳴ってるわ」
「でしょ?」


 提案しておいてなんだけど、冷静に考えるとこの絵面はちょっとまずいんじゃないかと思った。同級生の女の子の手を自分の胸に押し当てている図……。


「……ひなたの心臓、だんだん速くなってる」
「……そ、そう?」
「……うん」
「…………」
「……また速まった」

「…………」

「……あ、また」
「も、も~~~~! 恥ずかしいからだよ~~~~!」


 言わせないでよ! と言って、あたしはちゆちーの手を除ける。


「も、もう少し触らせて……! ひなた、お願い!」
「ダメ! もうおしまい!」
「ひなた~! お願いだから……! 少しだけでいいから……!」
「だからダメだって! もう生きてるって感じ、したでしょ!?」


 ちゆちーがぐっと手を伸ばしてくる。あたしがそれを押し返そうとしていると、不意にバランスを崩して後ろに倒れてしまった。
 ちゆちーもそのまま倒れてきて、「あっ」と思ったときには、あたしの上にのしかかるような体勢になっている。


「…………」
「…………」


 無言で見つめ合う。
 心臓がバクバク跳ねて、そのまま胸を突き破って飛んでいってしまいそうだった。


「あ、あの……」


 先に沈黙を破ったのはあたしだったけど、続く言葉が出てこない。
 とにかく何か言わないと。この気まずい空気をどうにかしないと。
 馬乗りになられた時点で、あたしにはもう抵抗する術はなかった。だから、胸を触られるのは諦めよう。そもそも心臓の音を聞かせるだけだし、何もやましいことはない。あんまり激しく抵抗しすぎるのも、それはそれでヘンなことを意識しているみたいだし、だったら受け入れてしまった方がいい。
 うん、よし。そうしよう。
 というわけで、あたしはちゆちーに言った。


「や……優しく触ってね……?」


 ……いやいやいや!? 何が!? いまのぜったい言葉のチョイス間違えたでしょ!?
 心の中で自分に突っ込みを入れるけど、そんなのは後の祭りで。
 ちゆちーは激しめの呼吸をしながら、お腹の空いた動物みたいな目つきであたしを見下ろしている。
 なんか、ヤバイかも……?
 いろいろとマズイ空気を感じはじめたとき、突然ガラガラっと音がして、入口の扉が開いた。


「…………えっ…………?」


 ちゆちーのママだった。

 手元には鍵を持っている。様子を見に来たんだろう。ポカンと口を開けたまま、仰向けに転がっているあたしとその上に乗っているちゆちーを交互に見る。


「…………」
「…………」
「…………」


 誰も何も言えない、地獄みたいな時間だった。

 終わった……。

 心の底から絶望していると、こほんこほん、とちゆちーのママがわざとらしくせき込んだ。

 きっと、あたしたちに何か言おうとしてくれているんだろう。ここはひとつ、若女将として厳しい言葉を言ってもらって、このどうしようもない空気をどうにかしてほしい。
 たっぷり間を置いてから、ちゆちーのママはこう言った。


「使っているなら、使用中の札を立てておいてね」


 そして、そのまま扉を閉めた。
 ……ちょっと待ってーーーー!? 何で閉めちゃうの!? しかもいま閉める直前にウインクしたよね!? 何のウインク!? 余計に変な感じになっちゃうじゃん!?


「……邪魔が入っちゃったわね」


 ほらーーーー! ママがそんなんだから、ちゆちーもワケ分かんないこと言い出すんじゃん! 
 と、内心で荒れていると、ちゆちーはペロッと舌を出してあたしの体から降りた。


「なんて、冗談よ、冗談」


 ちゆちーは棚から服を取って、何事もなかったかのように着始める。
 その切り替わりの早さについていくことができないでいると、ちゆちーはあたしに言った。


「ひなたも服を着ないと。湯冷めしちゃうわよ?」
「…………あ、はい」


 さっきまでのヘンな空気はなんだったんだろう。
 服を取り出したあたしは、隅っこの方でそそくさと着る。下着だけ新しいものに着替えて、他はそのままだ。
 髪を乾かしたりして脱衣所を出たあとは、ちゆちーの部屋に案内された。


「わたしは貸切風呂の掃除をしてくるから、ここで待っていてもらってもいい?」
「え? あ、あたしも手伝うし!」
「いいのいいの。もともとわたしがやる仕事だから。のんびりしてて?」


 そう言って、ちゆちーは行ってしまう。


「…………」


 ひとり残されたあたしは、キョロキョロとちゆちーの部屋を見回す。旅館らしい畳の部屋で、タンスや机も年季の入ってそうな見た目をしている。
 ちゆちーはここで過ごしてるんだな……。
 自分の家は洋室だからなんだろうか。じっとしていると、落ち着かない。押し入れの中とか、机の中とかには何が入っているんだろう。ちゆちーのこと知りたいなって、気になるけど、勝手に触っちゃダメだってことくらい、あたしも分かっている。いくら友だちでも、それはダメだ。


 特にすることもないのでスマホを見ていると、パサッと何かが落ちた。見ると、ちゆちーの部屋着が落ちていた。ハンガーで壁の縁のところにかけていたらしい。
 落ちた部屋着を手に取ると、ふわっと香りが漂った。好きな匂いだったのでくんくん嗅いでみる。ハーブ系の匂いだった。そういえばシャンプーも同じような匂いだったし、沢泉家はこの匂いが好きなのかもしれない。爽やかで、自然で、落ち着いた匂い。
 ……って、危ない危ない。人の部屋着を嗅いでいるところを見られたら、今度こそ終わってしまう。そんなベタな展開はいらないし。
 顔を上げると、ちゆちーのママと目が合った。


「え、うええええええっ!?」
「……お取込み中、ごめんなさいね?」
「あ、いや! 別に何も取り込んでないというか……その……っ」


 も~~~~! 思ってるそばから!
 落ちてたのを拾おうとしただけだとか、埃がくっついてたから取ろうとしてただけだとか言い訳するも、ちゆちーのママはニコニコ笑うだけだ。空気を押してるような感じで何も手応えがないので、あたしはいろいろ諦めた。


「せっかく来てくれたから、お茶とお菓子でも……と思って」
「あ、ありがとうございます……」


 ちゆちーのママは無駄のない綺麗な所作でお盆を置いた。


「平光さん、ちゆと仲良くしてくれてありがとうね」
「い、いえいえ……むしろあたしの方こそ……です……」
「あの子、最近よくあなたと花寺さんの話をよくしているのよ」
「そ、そうなんですか……」


 ちゆちー、ママとは何を話してるんだろう。

 あたしのこと、どんなふうに言ってるんだろう。


「それで、今日は泊まって行くの?」
「え? あ、いや、普通に帰ります……」
「そうなの? ちゆから平光さんのことを泊めてもいいかって聞かれたから、てっきり泊まっていくんだと思っていたんだけれど」
「お、お泊まりは、またの機会にということで……」
「ええ。うちはいつでも歓迎よ。今日みたいに部屋が空いていたら、そこを使ってもいいからね」


 あたしは曖昧な返事をしてお茶を濁す。
 正直なことをいえば、お泊まりするのはイヤじゃない。りなぽんとか、みなぴとかの家にお泊まりしに行ったことはあるし、そのときはやっぱり楽しかった。
 でも、ちゆちーに誘われるのは、もちろんイヤじゃないけど、やっぱりちょっと躊躇してしまう。お泊まりしたら、何かが変わってしまうような気がして。
 そして、あたしにはもうひとつ、気になることがあった。


「あの……友だちが泊まりにくることって、けっこうあるんですか?」
「どうして?」
「えっと、その……特に理由はないんですけど……た、たとえば、のど……花寺さん、とか……」


 ソワソワしながら尋ねると、ちゆちーのママは顎に指を当てる。


「花寺さん? ああ、花寺さんなら前に泊まりに来たことがあるわよ。でも確か、あのときは――」


 言いかけたとき、後ろからちゆちーのママを呼ぶ声がした。中居さんが来ていた。たぶん、仕事の話だろう。中居さんが耳打ちすると、ちゆちーのママは「分かりました」と答える。


「いろいろ話しかけちゃって、ごめんなさいね。仕事でバタバタしているかもしれないけど、気にしないでゆっくりしていってね」


 ちゆちーのママはお客さんにお辞儀するみたいに丁寧に頭を下げると、そのまま音も立てずに下がっていった。


「…………」


 ちゆちーのママは、何を言いかけたんだろう。
 いや、そんなのどうだっていい。
 肝心なのは、のどかっちが前に泊まりにきていたという事実だ。


「…………そっか」


 そうだったんだ。ちゆちーはあたしだけじゃなくて、のどかっちにもお泊まりを誘ってたんだ。ちゆちーはのどかっちと二人で温泉に入ったことがあるとも言ってたし、お泊まりの話が出ていたとしてもおかしくない。
 何であたしだけが誘われるんだろって、ちょっとびっくりしてたけど、勘違いだったんだ。
 ……でも、何でだろう。
 何であたしは、ショックを受けてるんだろう。
 自分の心が分からない。友だちが友だちと仲良くすることくらい、普通のことなのに、どうしてこんなにヤキモキしてるんだろう。


「……心が狭いぞ、あたし」


 冗談っぽくつぶやくけど、やっぱりぜんぜん、笑えない。
 ちゆちーはまだ、戻って来ない。
 あたしは考えるのをやめて、畳にゴロンと転がった。

 

 

※続きは明日の夜ごろ更新予定です。

→更新しました。

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1作目 『沢泉ちゆはキスがしたい』
2作目 『平光ひなたは忘れられない』

 

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