「まだ付き合っていないちゆひなが温泉デートする話」その③です。
百合・GLです。全年齢向けですが、イチャイチャ度がかなり高めです。苦手な方はご注意ください。
その②はこちら→
(ちゆひな/百合・GL/全年齢向け)
『平光ひなたは続きがしたい③』
体が重い。気だるくて、頭にモヤがかかったような感じがする。
ゆっくり起き上がると、ちゆちーが穏やかな笑みを浮かべながらこっちを見ていた。
「おはよう、ひなた」
「……? あれ、あたし……」
「また寝てたのよ。わたしがお風呂掃除をしているあいだにね」
寝ぼけ眼で時計を見る。短針が数字の『6』を指していた。
……ってことは、もう夕方?
「え……! ご、ごめん!」
あたしは慌てて飛び起きた。
「起こさなかったのは、わたしだから。ひなた、気持ちよさそうに寝ていたから、起こせなくて。……あ、今度は胸骨圧迫しなかったわよ?」
ちゆちーは楽しそうに言うけど、あたしの気持ちは晴れない。
「そ、そうだったの……? ぜんぜん起こしてもらっちゃって大丈夫だったのに……」
けっきょく、ちゆちーとはほとんど遊べなかった。無駄に時間を過ごしてしまったと後悔する。
「ごめんね……ちゆちー……」
「わたしの方こそ、疲れていたのに来てくれてありがとうね」
「別に、疲れてたわけじゃないんだけど……」
緊張して眠れなかっただけなんて、遠足前の小学生みたいで、とても言えるはずもない。
「外は雨が降りそうね」
ちゆちーがカーテンから外を覗く。
「天気予報だと、これから強くなるみたいだけれど……ひなた、大丈夫? 明日は祝日だし、もしよかったら、うちに泊まっていっても……」
「大丈夫。あたし、帰るよ」
あたしは立ち上がってカバンを手に取る。
「迷惑かけても、悪いし。それに……」
「それに?」
「……ううん。何でもない」
あたしは心のモヤモヤから目を逸らして立ち上がる。ちゆちーといっしょにいるとどうしても考えてしまいそうだったから、とにかくいまはひとりになって、ちゆちーのことを忘れたかった。
そのまま逃げるように帰りの支度をする。ちゆちーはまだ話したそうにしていたけど、時間も時間だったこともあって、それ以上は引き止めなかった。
従業員用の裏口に案内されて、あたしはちゆちーの家を出た。
「じゃあね、ちゆちー」
「あ、待ってひなた。傘……」
「ううん。パパっと帰れば大丈夫だよ」
バイバイ、とろくに顔も見ずに言って、あたしは自分の家に向けて走り出す。空はいまにも泣き出しそうだったけど、家までは走れば十五分くらいで着く。降り出す前には帰れるだろう。
そう思っていたけど、まだ半分も行かない途中で、激しい雨が降り出した。あっという間に道路は濁った水で溢れてきて、車が通ると泥水が跳ねてくる。
こんなことなら素直に傘を借りればよかったと思うけど、いまさら遅いし、何よりちゆちーに会いに行くのは気まずかった。
何とか家に着くころには髪からも雨粒が垂れていた。濡れた服が肌にへばりついて気持ち悪い。あたしは乱れた息を整えながら、家の中に入ろうと鍵を探す。
「…………あれ?」
なかった。
バッグの中に入れていたはずなのに、見当たらない。走っているあいだに落としてしまったのかもしれない。
でも、もしそうだとしても、この雨のなかじゃ簡単に見つかるとは思えなかった。
あたしは玄関前の屋根の下に座り込んで、とりあえずお姉に連絡しようと思ってスマホを出す。パパとお兄は学会の発表だし、ニャトランはペギタンたちとヒーリングガーデンに帰っているから、頼みの綱はお姉だけだ。確か、夜までには家に着くと言ってた気がする。
スマホを弄るものの、なかなか反応しない。濡れているせいだと思って、画面と手をしっかり拭いてから触ってみるけど、それでもやっぱり動かない。おかしいなと思って電源ボタンを長押しすると、電池切れのマークが表示された。
「あっ……」
そうだ。昨日の夜、眠れなくてコードも差さずにずっとスマホを弄ってたから、充電できてないんだった。
「……も~!」
お姉が帰ってくるまでは家に入れない。かといって、この雨の中、びしょ濡れの体でどこかのお店に行くのも躊躇いがある。
けっきょくあたしは、早めにお姉が帰ってくるのを信じて待つことにする。
「…………はあ。あたし、何してんだろ」
今日は、ちゆちーといっしょに温泉に入った。そこまではよかったけど、あとは寝てただけだ。温泉で体を綺麗にしたのに、けっきょく雨に濡れてるし、今日のために着てきた下ろし立ての服も、ちゆちーに気付いてもらえないまま泥で汚れちゃっている。
「……ツイてないなぁ」
あたしは膝を抱えながら、深いため息をつく。
それからはいくら待ってもお姉は帰ってこなくて、陽も完全に落ちてしまった。時計もスマホ以外には持ってなかったので、いま何時なのかも分からない。
お腹がぎゅーと鳴る。喉も渇いた。
雨は弱まる気配がない。喉の渇きに耐えられなくなってきて、走って自販機で飲み物でも買ってこようかなと思って、財布の中を見る。
「……九十円」
そういえば、持っているお金をほとんど使って、この服を買ったんだ。
ほんとにツイてなさすぎる。これじゃあジュースも買えない。
じわっと目頭が熱くなる。何もかもうまくいかないのは、要領が悪くて、ドジだからなんだろう。ちゆちーだったら、鍵をなくしたりしないし、お金も計画的に使って、こんなことにはなってない。
「ちゆちー……」
いっしょにいるとモヤモヤするから帰ってきたのに、こうしてひとりになっても、けっきょく、ちゆちーのことばかり考えている。
今日だけじゃない。図書室でキスされた日から、ずっとそうだ。ひとりでお風呂に入っているときも、ベッドの上でゴロゴロしているときも、ちゆちーのことが頭から離れない。ちゆちーのことを、考え続けている。
ひとつのことに集中するのは、苦手だと思ってたのに。
「あたしだって……ほんとは、お泊まり、したかったよ」
いまさら言ったって、意味ないことは分かっていたけど、それでもやっぱり、つぶやかずにはいられなかった。
だから。
「――じゃあ、いまから、来る?」
息を切らして、ずぶ濡れのちゆちーが立っているのを見たとき、夢でも見ているんじゃないかと思った。
「ち、ちゆちー……?」
何で。どうして。ここに。
聞きたいことはいっぱいあったけど、それまでせき止めていたものが急に溢れ出して、それ以上は何も言えなくなる。唇を噛みしめて、ぽろぽろこぼれ落ちる涙を服の袖で拭いた。
「ひなたのお父さんから連絡があったの。お姉さん、飛行機のトラブルが起きたみたいで、今日は帰れなくなったって。お父さんとお兄さんも、今日は帰ってこないんでしょう? お父さんたち、ひなたに連絡を取ろうとしたみたいなんだけど、なかなか繋がらなかったみたいでうちに電話がかかってきたの」
ちゆちーは傘を畳んで、あたしのもとに歩み寄る。
「どうしてこんなところで座っていたの?」
「……鍵……なくしちゃって……入れなくて……お姉が帰るのを待ってたんだけど……」
「スマホは?」
「……電源……切れちゃってて……」
「ああ……そうだったのね」
そそっかしいんだから、と呆れられると思った。
でも、ちゆちーはあたしを責めることもなく、隣に腰かけて優しい声かけてくれる。
「大変だったわね」
「別に……ぜんぶ、自分のせいだし……」
「誰が悪いとか、そういう話じゃないのよ」
「…………」
「濡れたままだと風邪引いちゃうから、とりあえずうちに来ない? ご家族にもちゃんと事情を説明して」
「でも……いまからなんて……迷惑だし……」
「あのね。うちは旅館よ? 当日になってお客様が泊まりにくることなんて、慣れているし……」
それに、とちゆちーは続ける。
「わたしが、ひなたに、来てほしいの」
「…………どうして?」
「そ、それは……」
ちゆちーはそこでちょっと言いよどむ。
少し考える仕草をしてから、ちゆちーは答える。
「……わたし、就学旅行とか以外で、友だちとお泊まりなんてしたことないから。だから……ひなたとお泊まりできたら、きっと楽しいだろうなって」
その瞬間、心の中で積み上げていたものが、ガラガラと崩れ落ちた。
「…………何で、ウソつくの?」
「え……? べ、別に、嘘なんて……」
「誤魔化さないでよ。ちゆちーのママから聞いたんだから」
うろたえるちゆちーに向かい合う。
一度口にすると、止まらなかった。
「前に、のどかっちも泊まりに来たんでしょ? それなのに、友だちとお泊まりしたことないなんて……」
ちゆちーは何か言おうとするけど、あたしは遮るように続けた。
「二人が仲いいのは知ってるよ。あたしはプリキュアになってからちゆちーと仲良くなったけど、ちゆちーはプリキュアになる前からのどかっちと仲良かったもんね。温泉だって、前に二人で入ったって言ってたし」
「そ、それは……」
「……ごめん。いまのは別に、関係ないよね」
自嘲まじりに言って、あたしは視線を落とした。
車のエンジン音が聞こえる。ざざあ……とタイヤが水たまりの上を走っては、遠ざかっていく。
「……なんかさ、あたし、変なんだよ。この前から、よくないことばっかり考えてる。ちゆちーは大切な友だちで、のどかっちだって大切な友だちなのに、ちゆちーとのどかっちが二人だけでいるところを想像すると、胸が苦しくなって」
自分の気持ちが分からない。
ちゆちーがあたしよりも他の子と仲良くしているのがイヤだった。あたしの知らないことを、あたしよりも先に共有しているのがイヤだった。あたしの知らないところで、あたしの知らない笑顔を見せているところを想像すると、胸がじくじくと痛んだ。
たとえそれが、のどかっちだとしても。
いや、たぶん、のどかっちだからこそ。
「……こんなの、うざいよね。性格悪いよね。自分でもサイテーだって分かってるんだけど、自分でも、どうしたらいいのか分かんなくて」
声が震えてくる。言い訳するように、「ごめん」と付け足して、唇をきゅっと結ぶ。
……あたしのこと、嫌いになっちゃったかな。
無理もない。ちゆちーはあたしのものなんかじゃないし、あたしだってのどかっちのことは好きだから分かる。自分の気持ちが、どんなに身勝手で、汚らわしいものかってことくらい。
――ひなたって、そんなこと言う子だったのね。
きっと、軽蔑されて、距離を置かれる。
ちゆちーがどこかに行ってしまうのを想像すると、怖くて、体が震えてくる。ちょっと前までは、ちゆちーがいない日常が普通だったのに。
いつの間にかあたしは、ちゆちーがいないとダメになっている。
「…………何で、そんなことを言うの?」
ポツリ、と。雫が落ちるように、ちゆちーが言った。
やっぱり、怒ってるんだ。あたしが気持ち悪いことばっかり言ってるから、呆れて、愛想を尽かしてるんだ。
「…………そんなこと言われたら、わたし」
あたしはぎゅっと目をつぶった。イヤだ。拒絶の言葉なんて、聞きたくない。耳を塞ぎたかったけど、体が動かない。迫ってくる絶望を前にして、あたしはとことん無力だった。
「……………………」
でも、いつまで経っても、ちゆちーは続きの言葉を言わなくて。
様子がおかしいと思って顔を上げると、ちゆちーは頬を赤く染めて、固まっていた。
「……こほん。あのね。まず、何か勘違いしてると思うんだけど……のどかは、うちに泊まったことないわよ」
「え……でも、ちゆちーのママが……」
「たぶん、何か齟齬があると思うの。ひなたはお母さんからどういうふうに聞いたの?」
あたしはちゆちーのママとの会話を思い出す。
「えっと……確か、『花寺さんなら前に泊まったことがある』って……」
ちゆちーは少し考えてからこう言った。
「……お母さんは間違ったことを言ったわけじゃないと思う。でも、わたしも嘘は言ってない。少なくともわたしが知る限り、のどかが泊まりに来たことはないから」
「だったら……」
「たぶん、"花寺さんは泊まったことがあるけれど、のどかは泊まってないんじゃないかしら?"」
「………?」
いまいち意味が分からずにいると、ちゆちーが説明してくれる。
「要するに、泊まりにきたのはのどかではなくて、のどかのご両親ってことよ。そういえば昔、のどかのご両親がお客様として泊まりにきたことがあるって、お母さん言ってたわ」
「……あっ!」
そこであたしは思い出す。
ちゆちーのママは、何か言いかけていた。
『でも確か、あのときは……』
続く言葉は、こうだったのかもしれない。
『花寺さんのお母さんたちだけで、のどかちゃんはまだいなかったわね』
「……そ、そういうことだったんだ」
全身から力が抜けたかと思うと、今度は顔が燃えるように熱くなる。
ひとりで勝手に勘違いして、挙句の果てにちゆちーに当たって。
みっともなさすぎるし、恥ずかしすぎる。
もう、サイアクだった。
「……ねえ。ひなたは、自分が何を言ったか、分かってる?」
「ご、ごめん……ちゆちー……あたし……性格悪いことばっかり言って……なんか……こんな気持ち初めてで……自分でもよく分かんなくて……我慢できなくって……ほんとごめん……」
頭を下げると、ちゆちーは小さく息をつく。
「……なるほどね。まさかそこまでとは思ってなかったけれど、きっと、そういうことなのね」
「え、何が……? どういうこと……?」
呆れられているんだとは思ったけど、怒っている感じはなくて。
言っている意味が分からなくて、チラッと様子をうかがうと、ちゆちーは目頭を押さえて難しい顔をしていた。
「……いいわ。ひなたは知らないみたいだから、教えてあげる。ひなたのその気持ちには、ちゃんと名前がついているの。その名前はね――」
ちゆちーの手が伸びてきて、あたしの顔をぐっと持ち上げる。
熱を帯びた視線が、あたしの目を貫く。
「――嫉妬って、言うのよ」
そう言って。
ちゆちーはあたしに、唇をくっつけた。
頬とか、おでことかじゃなくて、唇に。
「――――っ」
突然のことで、頭に電気が流れたみたいになる。
ちゆちーの唇は、柔らかくて、温かい。
ワケも分からずに固まっていると、ちゆちーはすぐに顔を離す。そして、あたしの目を覗き込むようにして見てきた。
「どう? 分かった?」
「…………」
頭がぼうっとして、うまく動かない。
自分の口に手を当てる。ほんのりと湿っているのは、雨のせいなんかじゃない。
あたしは図書室で初めてちゆちーの唇を感じたときのことを思い出す。
あのときのことは一日も忘れたことはなかったし、それがどういう意味を持っているものなのか、ずっと考えていた。昨日ぜんぜん眠れなかったのは、そのせいでもある。
……でも、そっか。
ちゆちーの唇の熱に触れたことで、いままで頭の中で固まっていたものが溶けていくのを感じる。
あたしは、のどかっちに嫉妬してたんだ。
のどかっちの方がちゆちーと仲良しなんじゃないかって、不安だったんだ。
つまり、この気持ちの正体は――
「――分かんない」
返事を聞いたちゆちーは目を丸くする。
「あたし、ひとつのことに集中するのって苦手で……いままで、誰かを特別に好きになったこともないから……」
「……そうよね。ひなたはこういうの、初めてなのよね」
「うん……だから、やっぱりよく分かんなくて……ごめん」
「……ううん。いいのよ」
ちゆちーはうなずくと、どこか儚げに笑った。
「……で、でもね、ちゆちー」
「……?」
「確かにまだ……その……よく分かんないん、だけど……」
あたしは上目遣いにちゆちーを見て、言った。
「…………もう一回してくれたら、分かる、かも」
「っ」
そのとき、ちゆちーの体が震えたかと思うと、突然両目を覆われた。
「えっ……? な、何で……ちゆちー……?」
「こっちを見ないで」
「ちょっ……えー!? 何で!? 何かした、あたし!?」
「ほんと、ひなたは、ズルい」
「だっ、だから何の話!?」
必死にちゆちーの手を除けると、思ってたより近くにちゆちーの顔があって、心臓が飛び跳ねる。距離にして、数センチ。もうちょっとで、また、くっついてしまいそうだった。
「ひなたは、あまり物覚えがよくないのよね」
「…………うん」
「じゃあ、しっかり、教えてあげないとね」
ちゆちーがあたしの頬に触れる。
胸の奥が疼く。心臓の音が速まる。体が溶けそうになる。
あたしは期待と緊張を抱きながら、唇を差し出して、目を閉じた。
……でも、待ってても、ちゆちーはなかなか来てくれなくて。
焦れたあたしが目を開けると、それを待っていたかのように、ぷにっと指が唇に触れた。
「…………へっ?」
まぬけが声が出る。
ちゆちーは悪戯っぽく笑うと、あたしの唇をつまんで言った。
「ただし、続きはうちで、ね?」
ちゆちーに促されて周囲を見ると、雨の勢いは弱まっていて、辺りにはちらほら人が出歩きはじめていた。
「それでいいかしら?」
あたしは顔が火照るのを感じながら、コクンとうなずいた。
※続きは明日の夜ごろに更新します。次で最後の予定です。
→更新しました。
その他のプリキュアSS
<これまでのちゆひな>
1作目 『沢泉ちゆはキスがしたい』
2作目 『平光ひなたは忘れられない』
<まだ微妙にいがみ合ってるユニアイが温泉デートする話>