金色の昼下がり

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【ヒープリSS・小説】『沢泉ちゆはキスがしたい』※ちゆひなの二次創作

 沢泉ちゆと平光ひなたが「唇の感触」を教え合う話です。

 

(ちゆひな/全年齢向け/百合/3000字程度)

 

 

 

『沢泉ちゆはキスがしたい』

 

「――ちゆちーって、インテリアだよね。難しそうな本読んでてさ」

 

 わたしは慌てて本を閉じる。顔を上げると、ひなたが後ろからわたしの手元を覗き込んでいた。

 

「それを言うなら、インテリジェンスね」

「それそれ~。あたし、ファッション誌だったら読めるんだけど、本って難しくてさ~。ちゆちーは何を読んでたの?」

「ちょっと勉強していたの。……理論について」

「それって陸上の? さっすが~!」

「……まあ、本番のために、イメージトレーニングもしておこうかなって」

「そういえば、本番っていつなんだっけ?」

「まだ決まってないのよ。できれば早めがいいんだけどね」

 

 わたしはさり気なく本を鞄に仕舞いながら言う。

 迂闊だった。

 学校の中で、ひなたがぜったいに来なさそうなところといえば、ここだ。そう思って、図書室に来たのに。

 

「ひなたは何で図書室に来たの? ファッション誌は置いてないわよ?」

「それくらいは分かってるよ~。今日はちゆちー、練習日じゃないでしょ? あたしも特に予定なくてさ、いっしょに遊びでもどうかなって、探してたんだよ」

「……のどかは?」

「のどかっちは今日、家でやることがあるんだって」

「……そう」

「だから、今日はちゆちーと二人でデートだね!」

「…………」

「? あれ? どしたの?」

「……いいえ。何でもないわ」

 

 ふぅ、と吐息を漏らす。周囲を見回す。わたしたち以外には誰もいない。

 おそらく、ひなたにとって、こうしたやり取りはごく普通のものでしかないのだろう。ひなたはわたしと違って、他人との距離感が近いのだ。

 

「あっ、ごめん! もしかして、ひとりでイメトレしたかった?」

「いいえ。……ひなたと遊ぶ方がいいわ」

「ほんと? やったー! ちゆちーも遊べて、あたしも嬉しー!」

 

「じゃあレッツゴーゴーゴー!」と言って、ひなたはわたしの手を取り、立ち上がらせる。ひなたの手は、わたしよりも少し温かい。

 

「……それで、今度は何を企んでるのかしら?」

「えっ!? なななな何が!?」

 

 目を丸くしてひなたが反応するので、思わず笑ってしまう。

 

「ひなたは分かりやすいのよ。放課後、他の子に誘われてたのに『予定がある』って言って断ってたじゃない。それなのに、わたしには『特に予定ないから』って言って誘うんだもの」

「え~~! ちゆちー聞いてたの!?」

「席が近いんだから、意識してなくても聞こえるわよ」

 

 わたしはひなたの手をぎゅっと握り返す。

 嘘だ。

 本当は、意識していた。ひなたが他の子と何を話しているのか、どんな表情を見せているのか、耳を澄まし、横目で見ていたのだ。

 

「だってさ~、なんか最近ちゆちー顔怖いから、いっしょにぱーっと遊び行って、ぱーっとかわいいもの買って、ぱーっとできたらいいなって……そう思って……」

「わたし、そんなに怖い顔してた?」

「うん……この前りなぽん達と話してるときに、ふとちゆちーの方を見たら、なんかめっちゃ怖い顔してたし……ちゆちー、なんか悩みとかあるのかなって……」

「…………」

 

 わたしは片手で自分の顔を覆う。

 恥ずかしい、と思ったのではない。

 嬉しい、と思ってしまったのだ。

 もちろん、羞恥心がなかったと言えば嘘になる。しかしそれ以上に、ひなたが見てくれていたという事実が、わたしの心を高く高く跳躍させていた。

 指の隙間から覗き見ると、ひなたは心配そうにわたしの顔色をうかがっている。

 ああ、そうだ。

 わたしは、この子のこういうところが、どうしようもなく――

 

「――好きよ、ひなた」 

「……も、もうっ。のどかっちの真似? 急にやめてよ~! 照れる~!」

 

 しかし、ここまで言っても、ひなたは気付いてくれない。

 気付かなくてもいいところには、気付くくせに。

 

「あたしも、ちゆちーのこと好きだよ? あたしと違って、何でも知ってるしさ~」

 

 さっきまで読んでいた本、『恋愛理論』の内容を思い出す。「鈍い相手にはグイグイ行くべし」。確か、そう書いてあった。

 大きく深呼吸をする。

 イメージトレーニングは、もう終わりだ。

 

「――わたしにも、知らないことくらいあるわよ」

「たとえば?」

「たとえば、そうね」

 

 わたしはひなたの顔をじっと見つめる。

 

「ひなたの唇の感触、とか」

「…………え?」

「教えてもらってもいいかしら?」

「え……ええーーーーー!?」

 

 鈍いひなたもようやく悟ったのか、顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

 わたしは得意になって、ひなたに詰め寄る。

 

「あら、だめ?」

「いや、だめっていうか……だってそれって……そういうことだよね……?」

「そういうことね」

「え、いや、それは……! そういうのは好きな人同士でやるもので……!」

「さっき、わたしのことが好きって言ったわよね」

「言ったけど……! 確かに言ったけど……!」

「わたしも、ひなたが好きよ」

「~~~~~~!!」

 

 静かな図書室に、ガランガランとけたたましい音が鳴り響く。ひなたが後退った際、椅子に足が引っ掛かったのだ。

 

「……ひなた」

 

 やがて残響が消えたとき、世界にはわたしとひなたの息遣いだけが残る。 

 わたしは一歩、また一歩と、ひなたとの距離を詰めていく。

 

「や……やっぱり待って待って!」

「どうして?」

「だってだってだって……!」

「だって?」

「あっ、あたしほら、そういうのはまだやったことないっていうか初めてっていうかだからその」

 

 ぷにっ、と。

 早口でまくし立てるひなたの唇を、わたしは人差し指で・・・・・触る。

 

「……………………へ?」

 

 ひなたは気の抜けたような声を出すと、わたしの指を目で追いかける。

 

「なるほど、これがひなたの唇の感触ね」

 

 くすくす笑いながら、ひなたに言う。

 え、とか、あ、とか言葉にならない声を漏らしながら、ひなたはぷるぷると震える。

 

「も、もう~~~~! ちゆちー! からかわないでよ~~~~!」

「ごめんなさい。ひなたが面白くって、つい」

「あーもう……めっちゃびっくりした……腎臓に悪いよ……」

「心臓ね」

 

 あはは、とひなたは笑う。

 窓から風が吹き込み、火照った体を優しく撫でる。

 

「……ねえ、ひなたは、知りたくない?」

 

 赤みが残るその顔を眺めながら、わたしはおもむろに口を開く。

 

「? 何が?」

「わたしの唇の感触」

「あ、あ~~! うん! そうだね! 知りたい知りたい!」

「じゃあ、貸してくれる?」

「うん。どうぞどうぞ~」

 

 そう言って、ひなたは指を差し出す。細くて、すべすべしていて、柔らかそうな指だ。ひなたは照れくさそうに笑う。

 

「いや~、でもなんかアレだね~。人の唇を触るのって、こうやってみるとめっちゃ恥ずか」

 

 唇に触れる。

 思っていた以上に、柔らかい。

 それが、最初に感じたことだった。

 

「…………っ」

 

 触れていたのは、ほんの一瞬だ。

 わたしはゆっくりと顔を離す。

 ひなたはポカンとした様子で、何かを確かめるように、自分の唇に手を当てている。

 

「どうかしら?」

「…………ふぇ? あ、……あの、…………柔らかかった、です……?」

「ひなたは、今のを何ていうか知ってる?」

「や……い、いきなりすぎて……よく分かんなかったっていうか……えと……」

 

 いつもは元気いっぱいのひなたが、今にも消え入りそうな声でつぶやく。その様子がおかしくて、いじらしくて、愛くるしくて。もっと近くで見たくて、もう一度、その唇に近付いていく。

 

「分からないなら、教えてあげるわ」

 

 我慢するのは、もうやめだ。

 顎をそっと持ちあげて、初心うぶで純情な瞳をこちらに向かせる。

 

「今のはね、キスっていうのよ」

 

 そして、わたしは再び、何かを言おうとするその口を塞いだ。

 

 

 了

 

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 お泊まりデートで"ツインルーム"を予約したひかるさんに、ララがパクッと食べられてしまう話。ひかララ(29)が好きなのでよく書いてます。

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