「風邪でも休めないあなたに」
というCMが、物議を醸したり醸さなかったりしています。
感染症に罹患したのなら、うつさないためにも休むべきだ、従業員の体調が悪いのであれば、休めるようにするのが会社の責任だ、etc……。
それらの議論はさておき、公衆衛生上、感染症に罹患している人は休むべきだというのは、昨今の新型コロナウイルスの流行で改めて確認された事実だと思います。
とはいえ、いざ風邪を引いたりしたときに、
- どうしてもこの日だけは仕事を休めない……
- クライアントに迷惑をかけてしまう…
- 自分の代わりがいない……
と悩んでしまう職業の方もいるかと思います。
例えばそう…サンタクロースとか。
サンタクロースは休みにくそう
いや、休みにくそうですよね、サンタさん。
もし、シフト制みたいな感じで、たくさんのサンタさんが余裕をもって勤務しているなら、多少は休めるかもしれませんが、その数が最低限だったり、一人のサンタさんが全世界の子どもたちにプレゼントを運んでいるのだとしたら、相当休みにくいだろうなとは思います。
「自分がプレゼントを運ばないと、子どもたちが、プレゼントのない朝を迎えることになってしまう…」
もし、クリスマスイブの当日、インフルエンザに罹患していることが判明したサンタさんが、「いや! やっぱり休めない!」とプレゼント運びを決行したら、どうなるでしょうか?
何を妄想しているんだ、とお思いになるかもしれませんが、実はこれ、単なる私の妄想ではありません。「サンタさんが病気になると、何が起こるのか」という京都大学の研究論文があるのです。
参考文献:数理モデルにより感染症伝播を解析 -サンタクロースが病気になると、何が起こるのか- — 京都大学
サンタクロースが病気だと何が起きる?
この研究では、
- サンタさんがインフルエンザに罹患している場合
- サンタさんが麻疹(はしか)に罹患している場合
の2種類を考慮し、そのうえで、サンタクロースから子どもたちへの感染伝播効率が、
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率と同じ……①
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率の10%……②
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率の1%……③
で場合分けをして、シミュレーションしています。
(②や③は、要するに、サンタさんが小まめな手洗いやマスクの着用などをすることで、通常の大人よりも、感染が拡がらないように気をつけているパターンなのだと思われます)
サンタがインフルエンザに罹患している場合
結論としては、サンタさんがインフルエンザに罹患しており、①の場合は、インフルエンザの流行規模(最終的な感染者の数)が約12%大きくなるようですが、②③の場合は、流行規模は変わらなかったとのことです。
※12%と聞くと大したことないように思うかもしれませんが、サンタさんが一晩、クリスマスイブの日に子ども達の家をまわるだけで12%増えるというのは、けっこう大変なことだと思います。というのも、日本では毎年、推定で約1000万人がインフルエンザに感染していると言われています。それが12%増えるわけですから、患者数が約120万人増えることになります。
ちなみに、インフルエンザの流行によって(直接的及び間接的に)亡くなる方は、年間、約1万人(致死率は約0.1%)とされていますので、サンタさんがインフルにかかっていると、単純計算で、日本では1200人の死者が増えることになります。
例年のインフルエンザの感染者数は、国内で推定約1000万人いると言われています。
国内の2000年以降の死因別死亡者数では、年間でインフルエンザによる死亡数は214(2001年)~1818(2005年)人です。
また、直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する超過死亡概念というものがあり、この推計によりインフルエンザによる年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されています。
サンタが麻疹に罹患している場合
一方、サンタさんが麻疹(はしか)に罹患していた場合ですが、これはもう、エゲツナイことになっていました。
前提条件として、子どもたちの麻疹ワクチン接種率を85%とします。
研究では、まず比較対象として、麻疹に感染した通常の大人1人が流入したパターンをシミュレーションしています。この場合、ワクチンの効果によって、64%の確率で流行を防げます。大規模な流行が起きる確率は21%、小規模の流行が15%です。麻疹ウイルスは、めちゃくちゃ感染力が強いウイルス(インフルエンザの比じゃない)ですが、ワクチンを接種していれば、かなりの流行を抑えることができることが分かります。
(麻疹ウイルスは)感染力はきわめて強く、麻疹の免疫がない集団に1人の発症者がいたとすると、12~14人の人が感染するとされています(インフルエンザでは1~2人)。
出典:国立感染研究所ホームページ
では、いよいよ、本命。
子どもたちのもとにサンタさん(麻疹)がやってきた場合です。
おさらいになりますが、サンタクロースから子どもたちへの感染伝播効率を、以下の3パターンで場合分けしています。
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率と同じ……①
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率の10%……②
- 通常の大人から子どもへ病気がうつる確率の1%……③
①の場合は100%の確率で、②の場合も77%の確率で大規模な流行が起き、③の場合で、やっと通常の大人1人が流入するのと同じ程度の確率に落ち着いたようです。
①②の場合、サンタさんが麻疹に罹患していると、極めて高い確率で麻疹の大流行を引き起こすわけですから、これはもう、サンタというより、サタン(悪魔)と言っても差し支えないレベルに思えます。怖すぎる。
ちなみに、ワクチン接種率を95%まで上げると、①②③いずれの場合も大規模な流行はしなかったようです。ワクチン大事。
※麻疹(はしか)に対する特別な治療法はありません。対処療法だけです。個人でできる唯一の予防法は、ワクチン接種だけです。致死率は0.1~0.2%。
参考文献:東京都感染症情報センター » 麻しんQ&A I 麻しんの基礎知識
※ちなみに、新型コロナウイルスの全世代の致死率は、2.3%と言われています。ただし、それは全世代を平均すればそうなるという話で、80代以上の致死率は14.8%と極めて高い一方、10代~30代は0.2%となっています。
参考文献:致死率は2.3% 高齢者や持病ある人は注意 中国分析データ公表 | NHKニュース(2020年2月19日付)
終わりに:サンタさんはどうすればよかった?
では、インフルエンザや麻疹(はしか)に罹患していたサンタさんは、いったいどうすればよかったのでしょうか?
言うまでもなく、休むことです。
そもそも、サンタさんの理念は「子どもたちにプレゼントを運ぶことで笑顔にする」ことであり、決して「子どもたちに病気をうつして悲しませること」ではありません。また、サンタさんとて、ひとりの労働者であり、無理をすることで重篤化したり、死亡したりしては最悪です。子どもたちに笑顔を届けるのも大事ですが、インフルエンザや麻疹に罹患していると分かっているときは、サンタさんも休むのが最適解だと、個人的には思います
とはいえ、もしサンタさんが休まなかったとしても、サンタさんには小まめな手洗いやマスクの着用をしてもらい、子どもたちのワクチン接種率を向上させることで、感染症が拡がるのをある程度防ぐことが、この研究では分かりました。
本研究によって、サンタクロースが感染症に罹患していた場合に生じる負の側面を明らかにすることができました。しかしながら、その影響は サンタクロースと子どもたちとの間での感染伝播効率」によっては打ち消すことができるため、子どもたちのワクチン接種率の向上や、さらにはサンタクロースのこまめな手洗い・マスクの着用が推奨されます。
このほかに、私たちにできること。
それは、もしサンタさんの体調が悪いときにはきちんと休める、そういった風潮を作ることかもしれません。サンタさん、しんどいときは無理しないで、休んでくださいね。
論文を書いたのは、京都大学の古瀬祐気 特定助教です(ウイルス・再生医科学研究所/生命システム研究部門)。ホームページはこちらからどうぞ。
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