数日前、スター☆トゥインクルプリキュアの妄想(ユニアイ)でこんなツイートをしました。
「記憶が後退する病」に罹ったアイワーン。ユニへの憎しみを忘れ、バケニャーンを信頼してた頃、バケニャーンと出会う前、ノットレイダーに加入する前…と記憶が遡っていき、最後は子供のような状態になって、ユニに「初めまして、あたいはアイワーン。仲良くしてくれるっつーの?」って言う#ユニアイ
— 金色 (@konjikinohiru) September 1, 2019
記憶が後退していく奇病にかかったアイワーンちゃんのことを、ユニが仕方なくお世話する話です。
(ユニアイ/全年齢./私のなかではこれも百合/シリアス/3000字程度)
『四度目の嘘、あるいは』
「――バケニャーン、紅茶が欲しいっつーの」
アイワーンは椅子にどかっと座りながら言う。
それを聞いた『執事』は、「ハイハイ」と返答し、言われた通りに紅茶をいれる。
「どうぞ、アイワーン様」
「角砂糖がないっつーの」
「ありますよ、ここに」
「だから二つだけじゃ足りないっつーの。最低五個は必要だって、前も言ったっつーの」
「ああ……そうでしたね……」
「あと熱すぎだっつーの。ちゃんとフーフーしろっつーの」
「分かりました」
『執事』は一礼すると、砂糖を取りに部屋を出る。ドアを閉めて深いため息をつく。香水を自分に振りかけると、その姿はたちまち青い髪の少女に変化する。
「まったく……人使いが荒いんだから……」
ユニは嘆息混じりに愚痴をこぼす。
いまのアイワーンは、ユニとバケニャーンが同一人物であることを忘れている。そのうちバケニャーンのことも忘れて、自分がノットレイダーであることも忘れるだろう。
何もかも忘れたアイワーンは、最後にすべてを思い出すのだ。
☆ ☆ ☆
ことの発端は、四日前まで遡る。
アイワーンとの戦いに敗北したユニは、魔改造された自分の宇宙船に乗せられた。
おそらく、アイワーンはユニをどこかに連行し、そこでじっくりいたぶるつもりだったのだろう。
しかし、その道中、宇宙船にエンジントラブルが発生した。何とか近く星に不時着したものの、ほどなくしてアイワーンは奇妙な病気に侵されてしまう。
記憶が後退する病である。
住民に聞いたところ、どうやらこの星――惑星ベンジャミンの風土病らしい。時々運の悪い旅行者が発症するそうだ。治療法は確立されていない。赤子の頃まで記憶が後退すると、患者はすべての記憶を取り戻す。数日から数週間以内には完治するので、それほど心配する必要はないとのことだった。
アイワーンを置いてひとりで逃げ出すことも考えたが、放っておくと何をしでかすか分からない。それに、宇宙船の修理には少なくとも一週間以上はかかる。けっきょく病が治るまでの間、ユニが一緒にホテルに泊まり、監視も兼ねて面倒を見ることにしたのだった。
☆ ☆ ☆
ユニは再び執事の姿に変化すると、アイワーンのもとに行く。
「砂糖を持って来ました」
「サンキューだっつーの」
アイワーンはパソコンをいじりながら、次々に角砂糖を紅茶に突っ込んでいく。五つどころでは済んでいない。砂糖が飽和しきった紅茶を口に運ぶと、難しい顔をしていた表情がふっと綻ぶ。
「バケニャーンの紅茶はうまいっつーの」
「そうですか」
「優しい味がするっつーの」
「体には優しくないですけどね」
「……うっさいっつーの」
アイワーンは文句を垂れるが、その表情はどこか楽しげだ。
「これを飲んだら、二杯目も欲しいっつーの」
「分かりました」
アイワーンはカップを一気に傾けると、溶けかけていた砂糖の塊ごと、口のなかに注ぎ込んでいく。
行儀の悪い飲み方だ。
カップのなかは、もう空っぽになっている。
「では、新しいものをいれてきますね」
ユニが言うと、アイワーンは不思議そうに瞬きを繰り返す。キョロキョロと周囲を見回し、目の前に立っているユニに怪訝な視線を向ける。
「……あんた、誰だっつーの?」
ユニは直ちに悟る。
記憶の後退が起きたのだ。
アイワーンはもう、執事のことを覚えていない。
「わたしは……」
ユニは言いよどむ。
いまならまだ、正直にいうこともできる。
わたしはレインボー星人。あなたの滅ぼした惑星の生き残りよ。仲間を救うために、あなたのことを騙そうとしているの――。
しかし、ユニの口から出たのは、まったく違うものだった。
「わたしはバケニャーン。あなたの執事ですよ、アイワーン様」
ズキリ、と胸の奥が痛む。
それは二度目の嘘だ。ユニは再び、彼女のことを騙したのだ。
アイワーンは興味なさそうに「ふーん」とぶつやくと、パソコンに向き直る。
「誰に連れてこられたのか知らないけど、雑用をやってくれるなら構わないっつーの。……とりあえず、」
「紅茶を召し上がりますか?」
「……そうだっつーの」
「分かりました。すぐにいれて来ます」
「あ、先に言っておくけど、」
「少し冷ましてから持ってきますよ、アイワーン様。角砂糖の用意もたっぷりありますので、ご心配なく」
「……あんた、」
アイワーンは目を丸くして、ユニのことを見つめる。
「……いや、何でもないっつーの」
再び視線を落として、パソコンに向かう。
ユニは退出すると、何度目になるか分からないため息を吐いた。
☆ ☆ ☆
それから三日が過ぎた。
アイワーンはバケニャーンのことを忘れ、自分がノットレイダーであることすら忘れ、部屋の隅にうずくまっている。何か嫌なことを思い出しているのかもしれない。時折、うなされるような声や、すすり泣くような声が聞こえた。
もっとも、話しかけても応答がないため、詳しいことは分からない。しかし、何かトラウマのような記憶がアイワーンを苦しめていることは想像できた。
このときにはもう、ユニはバケニャーンの姿にはならず、人型の姿を見せていた。
ユニはアイワーンのもとに紅茶を運び続けた。アイワーンは食べ物をまったく口にしなかったが、紅茶だけは飲んでくれたので、たっぷりの砂糖を入れて出した。
アイワーンはほとんど目を合わせようともしなかったが、紅茶を出し続けているうちに少しずつ態度が変わっていった。会話はないものの、だんだん、紅茶を運んでくるユニを目で追うようになっていた。
☆ ☆ ☆
さらに二日が過ぎた。
変化は急に起きた。ユニがいつものように紅茶を持って部屋に入ると、アイワーンはたたたっと駆け寄ってきたのだ。彼女は半べそをかきながら「お腹空いたっつーの」と言った。
「いま、持ってくるわね」
アイワーンの記憶は、ほとんど幼児期のものにまで後退している。病が治癒し、元に戻るのも時間の問題だ。宇宙船の修理も間もなく終わる。長かった奇妙な共同生活も、ようやく幕を閉じる。
安堵の息をつき、ユニが部屋を出ようとすると、アイワーンがその足にぎゅっとしがみつく。
「おねーちゃん、どっか行っちゃうっつーの?」
アイワーンは上目遣いでユニを見つめる。
「大丈夫よ。すぐに戻るから、心配しないで」
「どこにも行ったりしないっつーの?」
「ええ」
「ずっと一緒にいてくれるっつーの? 約束してくれるっつーの?」
「……約束するわ」
ユニは三度目の嘘を吐くと、不安そうにしているアイワーンをそっと引きはがし、部屋を出る。
ご飯を持って戻ると、アイワーンは壁を見ていた。
声をかけると、アイワーンはおもむろに振り返り、ユニの顔を不思議そうに見る。
まただ、とユニは気付いた。
記憶が後退している。そのスピードは明らかに速まっている。
ユニは確信する。
アイワーンが元に戻るのも、もうすぐだ。この会話が、昔のアイワーンと話す最後のものになるだろう。もう少しすれば、わたしたちは宿敵同士の関係に戻る。
何もかも、元通りになるのだ。
「だれだっつーの?」
舌足らずな口調でアイワーンは言う。
自然と、握る拳に力が入る。
「わたしはユニよ」
「ゆに?」
「そう、ユニ」
ユニは静かに答える。
すると、惑星レインボーを滅ぼした悪魔は満面の笑みを浮かべる。ユニのもとまで駆け寄ると、元気いっぱいに手を差し出す。
「はじめまして、あたいはあいわーん。なかよくしてくれるっつーの?」
ユニはアイワーンの目を見つめる。
その瞳は、どこまでも純粋で、真っすぐで、無垢な色をしている。
握りしめていた拳から力が抜けていく。
長い沈黙を経て、ユニは口を開く。
「……ええ」
それは四度目の嘘になるのか、自分でも分からない。
ユニにはもう、何が何だか分からなかった。
ただひとつ、はっきりしているのは、目の前の少女が「本当の笑顔」を浮かべているということだ。
「……よろしくね、アイワーン」
いまのわたしは、どんな顔をしているのだろう。
ユニはおそるおそる、アイワーンの手を握る。
その手は想像していたよりもずっと小さく、そして、温かかった。
了
他のスタプリSS・二次創作
アイワーンちゃんが捕らえたユニのことをケチョンケチョンにしようとするんだけど、うまくいかなくて泣いちゃう話です。シリアス。ユニアイ。
お風呂を知らないユニに、その入り方を教えるアイワーンちゃんの話です。百合コメディ。和解後のユニアイ。
ひかるさんに迫られて逃げようとするけど逃げられないユニの話です。百合コメディ。ひかユニ。
最近、Twitterが自分の妄想を増長させるツールになっている感が否めないのですが、これはこれで性に合っているような気がしなくもないです。
読んでいただき、誠にありがとうございました。
※毎週、スタプリ本編の全力考察をしています。過去のスタプリの感想、考察記事については、このページのいちばん下にある「プリキュア考察」のボタンか(スマホ版)、いちばん上の「プリキュア感想考察」のボタン(PC版)から移動できます。