金色の昼下がり

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ヒーリングっど♥プリキュア 3話 感想 全力考察 献身と自己犠牲、勇気と無謀の違い

 ヒープリ3話、改めてこの物語は人間とヒーリングアニマルの「バディもの」なんだなということが伝わる良い回でした。あとキュアフォンテーヌの変身バンクが美しい…。

 

 この記事はヒーリングっど♥プリキュア3話の感想考察です。ネタバレを含みますので未視聴の方はご注意ください。

 

 

 

シンドイーネがかわいすぎてしんどい

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ヒープリ、シンドイーネ

出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

シンドイーネ「キングビョーゲン様~。シンドイーネが、朝のご挨拶にうかがいました~。…あ~今日もいらっしゃらないの~。お顔が見れないとやる気出ないのに~」
グアイワル「フン。あんな状態じゃあ、いても顔なんか見えないだろ」
シンドイーネ「見えます~。グアイワルには見えなくても、わたしには見えます~。在りし日の素敵なお姿が浮かぶんです~」
ダルイゼン「つまり今はナノビョーゲンの集合体にしか見えてないってことじゃん」
シンドイーネ「…待っててくださいねキングビョーゲン様! どんどん地球を蝕んで、キングビョーゲン様をもとのお姿に戻して差し上げますから!」

 

 相変わらずシンドイーネ様がかわいすぎてしんどいのですが、それはさておき、キングビョーゲン様の正体が3話にして示唆されました。キングビョーゲン様は、「ナノビョーゲンの集合体」のようです。ということは、ダルイゼン君やシンドイーネ様たちもまた、もともとはナノビョーゲンの集合体なのでしょうか?

 

 彼らがナノビョーゲンの集合体であるなら、今回の敵はなかなか厳しいところに立っていると思います。というのも、本作のプリキュアたちは、戦いの中でナノビョーゲンを浄化しています。「浄化」と言えば聞こえは良いですが、病原体にとっての「浄化」は「殺菌・消毒」であり、その「いのち」を奪われることを意味します。ビョーゲンズたちもまたナノビョーゲンの集合体であるなら、今後ナノビョーゲンの「浄化」を進めていけば、いずれダルイゼン君たちの「いのち」も危ぶまれることになるかもしれません。

 

 私はこんな妄想をしてしまうのです。

 ナノビョーゲンを浄化され続けて、「いのち」が危ぶまれたダルイゼン君たちが「苦しい」と言ったとき、のどかさんはどうするのだろうか、と。「みんなを助けたい」と願ったのどかさんは、ビョーゲンズをも助けるために手を伸ばすのか、伸ばしたとして、その手は届くのだろうか、と…。

 

 実際、OPでのどかさんはダルイゼン君に手を差し伸べていますが、その手は彼の体をすり抜けていってしまいます。他の「いのち」を助けるために「病原体」を浄化する使命を背負ったプリキュアは、「病原体」を助けることができるのでしょうか。それとも、「病原体」は「私たちの敵」であり、滅ぼす他ないのでしょうか。共存はできないのでしょうか。

 

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出典ヒーリングっど♥プリキュアOP(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 これから待ち受ける展開に、私は既に、戦々恐々としています(※1)

 

※1 シンドイーネ様がこれだけキングビョーゲン様に傾倒している描写をすることは、後の展開に繋がっていく気もします。シンドイーネ様にとっての「大切なもの」がキングビョーゲン様であるなら、キングビョーゲン様を消し去る行為は、シンドイーネ様の大切なものを奪うことを意味します。

 もし、プリキュアがキングビョーゲン様を消し去ろうとするならば、人の大切なものを奪うその行為に、何らかの正当性を持たせなければなりません。この正当性を主張するためには、たとえばキングビョーゲン様の「悪」を鋭く追及していく必要があります。さらに鑑賞者の「罪悪感」や「抵抗感」を少なくするなら、幹部たちのことを「使い捨ての駒」としか考えていないように描いたりすることも考えられるでしょう。

 逆に、「キングビョーゲン様を消さない」という選択をするならば、「なぜプリキュアは敵対する者を助けようとするのか」という疑問を、説得力をもって解消させる必要があります。

 ヒープリの主人公達がこれから1年間をかけて、どのような「回答」を見せてくれるのか、私は楽しみでしかたありません。

 

 

「勇気」と「無謀」の違い

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

ちゆ「でも、あなたもみんなを助けたいんでしょ?」
ペギタン「え? なんでそれを?」
ちゆ「ごめんなさい。お風呂で聞いちゃった。怪物は、わたしも怖いわ。でもそれ以上に、大切なものを守りたいの。どうしても守りたいの。あなたは…?」
ペギタン「…守りたいペエ。」
ちゆ「わたしはあなたより大きいから、少しは力になれると思う。もし勇気が足りないなら、わたしのを分けてあげる。大丈夫、わたしがいるわ」

ちゆ「わたしはちゆ。あなたは?」

ペギタン「ぼく、ペギタン」

 

 ここで、ちゆさんは「怪物は怖い」と明言します。

 しかし、怪物を怖いと言うちゆさんのことを「勇気がない」とは誰も言わないでしょう。勇敢であることは、恐怖を感じないことを意味するとは限りません。むしろ、恐怖を感じていても、それでもなお目の前に恐怖に立ち向かうこと――それこそが「勇気」と呼ばれるものです。

 

 逆に言えば、本当は危ないことなのに、危ないことを認識せずに頭を突っ込んでいくのは、「勇気」ではなく「無謀」と言うべきものです。「危険」を理解しているか否か、それが「勇気」と「無謀」の違いなのです。

 

 では、ペギタンはどうでしょうか?

 彼はヒープリ3話の時点では、明らかに「臆病」なキャラクターとして描かれています。パートナーを探しに町に行くこともできませんし、ビョーゲンズと戦うことについても躊躇しています。

 

 しかし、前述したとおり、勇気とは恐怖を乗り越えた先にあるものです。

 他の者よりも「臆病」なペギタンが、それでもビョーゲンズに立ち向かうことを選んだのは、「勇気」によるものだと言えるでしょう。

 

 もちろん、今回、ペギタンが恐怖に打ち勝てたのは、ちゆさんが「勇気を分けてくれた」おかげもありますが、主人公たちの「成長」が描かれていくのと同様に、ヒーリングアニマルたちの「成長」もまた、これから描かれていくものと思われます。そう遠くない未来で、「怖がりだったペギタン」が、「恐怖を乗り越えていく姿」を、私たちは目にすることになるかもしれません。(※1)

 

(※1)今回はちゆさんがペギタンに「勇気を分ける」場面が印象的でしたが、ペギタンはペギタンで、「ヒーリングアニマルとしての力」をちゆに分けていることを忘れてはなりません。ちゆさんがいなければペギタンが戦えなかったのと同様に、ペギタンがいなければちゆさんも戦えなかったのです。

 要するに、彼らは対等なパートナーであり、いずれかが一方的に与えるだけの関係ではありません。互いに足りない部分を補完し合いながら前に進んでいくのが、「バディ」なのです。そのことは、3話の終盤の台詞でもうかがうことができます。ちゆさんはペギタンに助けてもらったと言い、ペギタンはちゆさんがいたからがんばれたと言っています。

ちゆ「ペギタン、ありがとう。わたしの大切なものを守れたのは、あなたのおかげよ」
ペギタン「ぼくの方こそ、ちゆがいたからがんばれたペエ。だから、その…これからも、ぼくと一緒にお手当てしてほしいペエ!
ちゆ「もちろん。助けてもらうだけであとは放り出すなんて、できるわけないわ」

 

ラテ(地球)が元気になる条件

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

ラビリン「ラテ様、まだ元気が戻らないラビ」
水のエレメントさん「わたしの力を分けて差し上げてください。お嬢さん、その水のエレメントボトルを」

 

 今回も、メガビョーゲンを浄化するだけではラテは快復しません。水のエレメントさんの力を分けてもらうことで、初めて快復できました。

 

 ここでひとつの疑問が沸きます。なぜ、ヒープリは、ラテに対してこのような運命を背負わせたのでしょうか? メガビョーゲンが出現すれば体調を崩し、メガビョーゲンを浄化したとしても体調が快復するとは限らないのは、割と「酷」な設定のように感じます。

 

 しかし、ラテを地球の暗喩(メタファー)として考えれば、それもうなずけます。地球が「快復」するためには、「ビョーゲンズ(環境破壊等の暗喩)」を倒すだけではなく、「調和のとれた環境」が必要であることを、ヒープリは示そうとしているのではないでしょうか(※1)

 

(※1)これは私たち「生き物」にとっても同じで、「病気」から快復するためには、病原体をやっつけるだけではなく、睡眠を取ったり、栄養を取ったりと、「調和のとれた生活」を送る必要があります。

 

「助けたい」のどか、「守りたい」ちゆ

  細かい差異のようですが、のどかさんがプリキュアになった理由は「苦しんでいるラテを助けたい」という想いによるものであり、ちゆさんがプリキュアになった理由は「大切なものを守りたい」という想いによるものなんですよね。こういうところからも、ヒープリは「守る」という言葉と「助ける」という言葉を意識的に使い分けている印象を受けます。

 

 もしかすると、3人目以降のプリキュアがプリキュアになる理由も、二人とは微妙に異なるものだったりするのかも? と、そんなことをぼんやりと考えています。

 

ラテの色の変化

ヒープリ、ラテ

出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 ラテの宝石の色は、元気なときには青色ですが、メガビョーゲンが現れると黄色に変化します。Twitterのフォローさんに教えてもらって気付いたのですが、もしこの色が「赤色」になったときは、ラテはどうなってしまうのでしょう…? 青、黄と来れば、いずれ、赤になる日も…。

 

終わりに:ヒープリは「自己犠牲」を賛美するのか?

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出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

ちゆ「大丈夫!? 花寺さん!?」
のどか「うん…大丈…え?」
シンドイーネ「せっかく避けたのに自分から当たりに行くなんて、お馬鹿さんねえ」
のどか「ごめんね、あとでちゃんと話すね。…くっ」
ちゆ「ごめんなさい! わたしのために!」

 

 のどかさんの行動原理は「助けたい」であり、誰かを助けるためなら、彼女は身の危険を顧みません。そのことは、「まだ見ぬワンちゃん」を助けるために怪物の方に走って行った1話、プリキュアに変身できなかったとしても僅かな可能性に賭けてビョーゲンズに立ち向かう2話でも描かれていました。

 

 では、3話ではどうだったかというと、のどかさんは、ちゆさんを助けるために身を呈して彼女を庇いました。1話、2話、3話と、「自己を顧みずに誰かを助けるシーン」を挿入することによって、のどかさんの「助けたい」という想いの強さが印象的に示されているわけですが、中には彼女の「自己を顧みない姿勢」にヒヤッとしてしまう方もいることかと思います。(特に親の視聴者はそう感じる方が多いのではないでしょうか?)

 

 さて、日本では長らくの間、「自己犠牲」の精神が「美談」として語られてきましたが、現代の医療福祉の分野においては、従事者たちが「自己犠牲」を強いられていることが指摘されており、この状況を打破しなければならないという認識が形成されつつあります。過度な「自己犠牲」は従事者たちの心身を蝕みますし、個人の自己犠牲によって支えられたシステムは持続性に乏しく、長期的には破綻してしまいかねないからです。国もこのことを重く受け止めており、たとえば厚生労働省からは「新たな医療の在り方」として、以下のような報告書が出されています。

 

新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会 報告書

 

 もちろん、この報告書は「働き方」に関するものです。のどかさんは、別に仕事としてプリキュアをしているわけではありません。また、他者から「自己犠牲」を強いられているわけではなく、他者に「自己犠牲」を強いているわけでもなく、のどかさんは自らの「意思」で行動しているに過ぎません。

 

 したがって、のどかさんの自己を顧みない姿勢を「自己犠牲は良くない!」「危険な真似をしちゃ駄目だ!」と糾弾するのは、彼女の意思を尊重しているとは言い難く、適切ではないと思います。実際、のどかさんの気持ちを考慮することなく、「危険な目に遭わせたくない」という理由で一方的にパートナーを解消したのが、2話のラビリンです。2話では、ラビリンが自分のしたことが適切ではなかったと認め、謝罪しています。

 

 とはいえ、プリキュアは子ども向けであることを理由にして、この世界の複雑さに蓋をし、分かりやすい「綺麗事」を並べ立てるような作品ではありません。つい最近も、「子どもたちに嘘はつきたくない」という見出しで、以下のようなインタビュー記事が公開されていました。

西尾:決して子どもたちを下に見ているわけではないんですけど、子どもは本当によく見てくれるんですね。そういった関係性がある中で、子どもに嘘をつきたくないんですよ。僕の母親が言ってたような愚痴の……本当の意味を伝えないとダメだと。そこに蓋をして、通りの良い美辞麗句でやって押しつけになっていくのは嫌だなぁと。

自分たちの誠実さ、真心をなんとか伝える方法を考えて、見つけて、流されない言い方の状態で伝えないと子どもに失礼だと思っていました。

出典:4ページ目:『ふたりはプリキュア総集編 』本名陽子、ゆかな、西尾監督、鷲尾P対談 | アニメイトタイムズ 2020-02-17 12:00

 

 何が言いたいかというと、ヒープリもまた、子どもたちに「安易な自己犠牲の賛美」という美辞麗句を押し付けるつもりはないだろう、ということです。

 ヒープリは、のどかさんの「助けたい」という気持ちについては肯定しつつも、それに伴うすべての行動を全肯定することはなく、「葛藤」や「挫折」を経験させながら、「成長」していく姿を描いていくのではないでしょうか。

 

 今後のどかさんがどのような成長を見せてくれるのか、これから1年間、追いかけていきたい所存です。

 

参考リンク:

自己犠牲の上に成り立つ医療は、もう終わりにしよう。 | ハフポスト

 

雑談

出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 シンドイーネ様のバンク、よすぎません??

 

 普段はどちらかといえばちょっと子どもっぽいところもあるシンドイーネ様ですが、戦いになると急に艶やかな大人っぽさを全開に出すそのギャップもたまらなく良いです。

 

キュアフォンテーヌ

出典:ヒーリングっど♥プリキュア 第3話(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 そしてちゆさんの変身バンクも美しい…。

 

 シンドイーネ様の艶やかさと対比になっているかのように、優美で美麗なバンクでした。

 

 ヒープリ2話の考察です。ラビリンが「お医者さん失格」だった理由について、実際の医療問題と絡めて書いています。

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 スタプリ秋映画の考察です。大好きな映画です。思い出すだけで泣ける。

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