金色の昼下がり

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【ヒープリSS・小説】『平光ひなたは忘れられない』※ちゆひなの二次創作

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 ちゆの唇の感触が忘れられない、ひなたの話です。

 

(ちゆひな/全年齢向け/百合/6000字程度)

 

 ※前回の話の続編です。

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※トップ画像は3888952によるPixabayからの画像です(フリー画像)

 

 

『平光ひなたは忘れられない』

 

「――おはよう、ひなた」

 

 耳に入ったその声が、あたしの胸をぎゅっと締め付ける。

 どんな顔をしていればいいのか分からず、返事もしないまま、ちゆちーの様子をうかがう。いつもと同じだ。特に変わりはない。おかしなところは何もない。

 

 ――いやいやいや! それっておかしくない!?

 

 おかしくないからこそ、おかしい。

 いつもと変わらないからこそ、変だ。

 ちゆちーは昨日、あたしの『初めて』を奪ったのだ。それなのに、どうしてこんな何でもないような顔であたしに挨拶ができるのだろう? もしかして夢? 昨日のはあたしの夢だったの?

 いや、そんなはずはない、とあたしは首を振る。

 だって、昨日のあれは――

 

「? どうしたの、ひなた?」

「おっ、おはよー! ちゆちー! 今日もいい天気だねー!」

 

 慌てて挨拶をして、そのまま自分の席に戻る。机に突っ伏せて、ため息をつく。

 

 ――気にしてるのは、あたしだけなの……?

 

 けっきょく、その後も話す機会は何度かあったが、ちゆちーは相変わらず『いつも通り』だった。

 放課後になり、そそくさと帰り支度をして教室を出ると、突然後ろから背中をポンと叩かれる。

 

「ひゃあっ!?」

「あ……ごめんなさい」

 

 振り返ると、そこにはちゆちーが立っていた。

 

「う、ううん、大丈夫大丈夫! ちょっとびっくりしちゃっただけ……!」

「そう……。ひなた、今日は予定あるの?」

「え? あ、あたし? あ~~そうそう! 今日はちょっと家に帰ってすることがあって……」

 

 もごもご言っていると、「じゃあいっしょに帰らない?」と誘われる。あたしはコクンとうなずいて、ちゆちーの半歩後ろをついて行く。

 

「ひなた、今日は家のお手伝いでもするの?」

「あー、うん、そんなところ!」

「ひなたも色々と大変なのね」

「う、うん! まあねー!」

 

 ろくに頭が回らず、適当な返事しかできない。それ以降もちゆちーは色々と話題を振ってくれたものの、あたしがずっとそんな調子なので、ついには会話も途切れてしまう。

 

「…………」

「…………」

 

 気まずい沈黙が続く。

 横目でちらっと様子をうかがってみると、ちゆちーと目が合う。慌てて目をそらして、何事もなかったかのように歩き続ける。口を開けようとして、何と言えばいいのか分からなくて、けっきょく閉じる、そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに、いつもの分かれ道に差し掛かる。

 

「じゃあ、また明日ね」

「あ……あのさ……!」

 

 気が付けば、そのまま帰ろうとするちゆちーを呼び止めていた。

 

「……昨日のって、何だったの……?」

 

 そのまま何も聞かずに別れることもできたかもしれない。けど、そうすれば、この悩みが長引くだけだという確信があった。昨日だって、家に帰ってからもずっとちゆちーのことが頭から離れなくて大変だったのだ。これ以上、モヤモヤが続くのは嫌だった。

 

「昨日のって?」

「だっ、だから、ほら……図書室であたしに……あんなことしたじゃん……」

「あんなことって?」

「だから、それは……」

「それは?」

「も、もう~~! 繰り返さないでよ~~! 言わなくても分かるでしょ~~!」

 

 ぶんぶん手を動かしながら言うと、ちゆちーは妖しげに笑って、

 

「ひなたったら……もう一回、教えて欲しいの?」

 

 ちゆちーは自分の唇を指差すと、グッと急接近してくる。

 柔らかそうな唇だ。

 

「――じゃなくて! 違うの! 待って待って!」

「? これのことじゃないの?」

「それのことだけど違うの!!」

「……禅問答?」

「ゼンモンドーってどういう意味!? そんなことより近いんだって!」

「あら、ダンスのときはもっと近いじゃない」

「それはそうだけど違うの~~!!」

 

 言いながら、必死に離れようとすると、今度はちゆちーがあたしの手に触れる。

 

「やっ……!」

 

 咄嗟に手を引っ込めてから、あっ、と思う。今のはちょっと、感じが悪い。おそるおそるうかがってみると、ちゆちーは唇をきゅっと結び、頭を下げていた。

 

「……ごめんなさい」

「ち、ちゆちー……?」

「嫌な思いをさせてしまって、悪かったわ。……本当に、ごめんなさい」

「あ、いや……別にそんなに暗くならなくても……!」

「でも……」

「ちゆちーは大袈裟だよ! だって、ちょっとした冗談だったんでしょ?」

「…………」

「ね、そうだよね……?」

 

 しばらくの沈黙の後で、ゆっくりと、ちゆちーは頭を上げる。

 そこにいるのは、いつもと変わらないちゆちーだった。

 

「ええ……昨日のはただの冗談よ。どういうものなのかなって、ちょっと気になっただけなの。驚かせてしまったわね」

「う、うん……! だよねだよね! いやーめっちゃ焦ったし!」

 

 笑いながら言うと、ちゆちーもつられたように頬を綻ばせる。

 あたしは手を振って、

 

「じゃあね、ちゆちー! また明日ね!」

「……さようなら、ひなた」

 

 ちゆちーもニコッと微笑んで、自分の家の方向に歩いていく。あたしはあたしで、自分の家の方向に歩き出す。

 

 ――いやー、良かった良かった……。

 

 ほっと息をつく。昨日のことはただの冗談だと分かった。これで何もかも元通り。というか、元から何もなかったのだ。

 

『じゃあ、また明日ね』

 

 ちゆちーの言葉が耳の奥に響く。ちゆちーの笑顔が目に浮かぶ。その声は、その笑顔は、いつものちゆちーと――

 

『さようなら、ひなた』

 

「……………………」

 

 足が止まる。

 あたしは気付いてしまう。

 その言葉の微妙な変化に。その声色の微妙な変化に。その笑顔の微妙な変化に。

 

 ――同じなんかじゃ、ない。

 

 本当は、薄々分かっていた。

 あたしはただ、気付かない振りをしていただけだ。目を逸らしていただけだ。

 ちゆちーのことを、傷付けてしまったかもしれない、ということに。

 

「…………ッ!」

 

 気が付くとあたしは走っていた。ちゆちーの家の方に向かって、追いついたら何を言うつもりなのか、どうするつもりなのかも考えずに、必死になって突っ走っていた。

 けど、ちゆちーの背中はすぐには見えない。そう遠くまでは行っていないはずなのに。しばらく走り続けて、真っすぐの道に出たとき、あたしはやっと理解する。

 ちゆちーもまた、走っていたのだ。

 

「なっ、何で走ってるの~~!?」

 

 帰り道くらいゆっくり帰りなよ! こんなときまでトレーニングだなんて、ストッキングすぎるよちゆちー!?

 なんて、文句を垂れていてもしかたない。どんどん小さくなっていき、曲がり角に消えていくその背中を追いかける。走れ。走れ。もっと速く――走れ、あたし!

 

「はぁ……はぁ……うっ……はぁ……」

 

 とはいえ、陸上部のちゆちーに追いつける脚力があるわけでもない。往来するトラックに道を塞がれて、あたしは腰を折りながらぜいぜい息をする。ちゆちーは速すぎたし、あたしは遅すぎた。あたしたちは、そういう二人なのだ。

 

「……ごめんね……ちゆちー……」

 

 汗がポタポタ垂れて、訳も分からず涙が滲んできて、トラックが過ぎ去った後も、その場で立ち尽くしていると。

 ポン、と突然肩を叩かれる。

 

「ひゃあっ!?」

「あ……ごめんなさい」

 

 振り返ると、そこにはちゆちーが立っていた。

 

「って、ええっ!? ななな何でここにいるの!?」

「何でって……わたしは自分の家に帰っていただけよ……?」

「いやだって走ってたじゃんちゆちー! もっと先に行ってたじゃん!」

「ちょっと寄り道してたのよ。ひなたも飲む?」

 

 そう言って、ちゆちーはスポーツドリンクを渡してくれる。どうやら、途中でこれを買っていたらしい。いつの間にか、あたしはちゆちーのことを追い抜かしていたのだ。

 

「あ、ありがと……」

 

 受け取ったペットボトルはひんやりしていて気持ちいい。キャップを回して、口をつける。ごくごくと飲んでいると、体が生き返るようだった。

 

「あ、それ、わたしの飲みかけだけど良かった?」

「? 別にいいけど何で?」

「いや、ひなたは気にするのかなって……間接キスとか」

「――――っ!? げほっげほっ!」

 

 スポーツドリンクが変なところに入って、激しくむせる。いやいや、冷静になれあたし。間接キスなんて別にどうってことない。別にどうってこと……。

 

「だ、大丈夫?」

「ダイジョウブデース!」

「ものすごい片言だし……それにひなた、顔が真っ赤だけど……?」

「は、走りすぎたからだよ! もうめっちゃ全速力で走ってたから疲れたよ~!」

 

 へらへらしながら誤魔化していると、ちゆちーはくすっと笑う。

 

「ひなたは、何でわたしを追いかけてきたの?」

「……えっ!? あ、あ~~! いや、なんだろう、なんかその、なんとなくっていうか、その……」

「その?」

 

 あのまま別れていたら、もう二度と、以前のように笑い合うことができない気がしたから――だなんて、恥ずかしくてとても口にできない。何て言い訳しようかとぐちゃぐちゃ考えていると、突風が吹いて、ちゆちーの長い髪を揺らす。

 

「やっぱり、昨日のこと……?」

 

 ちゆちーは目を伏せながら言う。さっきまでの笑顔が消え去り、代わりに、何かを怖がっているような、何かに怯えているような、そんな表情が浮かぶ。

 

「…………っ」

 

 見たくない、と思った。

 あたしが見たいのは、ちゆちーの笑顔だ。いっしょにいるときに見せてくれる、あの柔らかな笑みだ。ちゆちーのこんな顔は、一秒だって見たくない。

 でも、ちゆちーに嘘は吐きたくなかった。もし、安易な嘘で誤魔化してしまえば、あたしたちの関係はいとも簡単に壊れてしまう、そんな予感があったのだ。

 だから、あたしは、ちゆちーに本心を告げる。

 

「――嫌じゃ、なかったよ」

 

 ちゆちーは目を丸くしながらこっちを見る。

 

「あっ、びっくりして腎臓飛び出そうになったのはホントのことだよ……! ただ、嫌な気持ちにはなってないっていうか……! むしろ……あっ、いやいや、むしろって何だろ、そうじゃなくて、あの、なんていうか、その……」

「…………」

「だから、えと……」

「……ひなた」

「はっ、はいっ!?」

 

 ちゆちーは真剣な眼差しを向けて、

 

「それを言うなら、心臓でしょ」

「……そ、そうでした!」

「まったく、ひなたはすぐに忘れちゃうんだから」

 

 花が咲いたみたいにちゆちーが笑うので、あたしは呆気に取られてしまう。けど、そんなちゆちーを見ていると、こっちまで嬉しくなってきて、自然と笑みがこぼれる。

 そうやって笑い合っていると、あ、と思いついて、

 

「ねえねえ、ちゆちー」

「? なあに?」

「確かにあたしは物覚え悪くて、なかなか覚えられないし、教えてもらったこともすぐ忘れちゃうけどさ、」

 

 目の前の柔らかい手を握って、にっと笑いかける。

 

「ちゆちーの唇の感触は、忘れてないよ」

 

 特に他意はなく、言ったつもりだった。

 けど、ちゆちーの顔がみるみるうちに赤くなっていくのを見て、あたしは自分の言葉が、『他の意味』に取られかねないことに気付く。

 

「……今のって、」

 

 あたしの手を握り返しながら、ちゆちーが何かを言いかける。

 

「ちょ、ちょっと待って! 今のは別に、変な意味はないっていうか、その……!」

 

 わたわたと言い訳めいたことを口にしているうちにも、ちゆちーはこっちに歩み寄る。手を握られたままなので、逃げることもできない。あっという間にちゆちーの顔が迫ってきて、どうしたらいいか分からくて、咄嗟に目をつむる。

 

 ――逃げることもできない?

 

 本当に? と自分に問いかける。あたしは手を握られているから逃げないだけなの? もし、この手を握られていなかったら、あたしはちゆちーから逃げていたの?

 いや、これくらいなら力任せに振り解けばいいはずだ。本当に嫌だったら、思い切り逃げてしまえばいいだけの話だ。

 薄目を開けると、すぐ目の前にちゆちーの顔がある。ちゆちーの目が、ちゆちーの唇が、すぐそこにある。

 難しいことは分からない。でも、 この気持ちは、もしかしたら――

 

「――おーいひなた~! 探したぜ~!」

 

 ばっとちゆちーの手を振り解き、慌てて背後を振り返ると、ニャトランがいた。

 

「どどどどうしてここに!?」

「今日スマホ忘れたろ? ひっきりなしに鳴っててうるさいから持ってきてやったんだよ」

「あ、そ、そうだったの? あ、ありがとね、ニャトラン……!」

 

 別に悪いことをしていたわけではないのに、何となく後ろめたさを感じながらスマホを受け取る。見てみると、確かに何通もの通知が来ている。送り主は、みなぴと、りなぽんと……。

 

「あーーーー! みなぴ達と約束してたの忘れてたーーーー!!」

 

 今日は放課後にショッピングに行こうと、約束していたのだった。

 あたしはちゆちーに繰り返し頭を下げる。

 

「ご、ごめんね、ちゆちー……!」

「いや、別にわたしに謝ることないわよ……?」

 

 言われてみて、確かにそうだぞ、と顔を上げる。どうやらあたしは、ちゆちーを置いて他の子と遊ぶことに罪悪感のようなものを覚えていたらしい。

 

 ――ん? 罪悪感……?

 

「ねえ、ひなた」

「ひゃいっ!?」

 

 急に呼びかけられて、声が裏返ってしまう。

 

「今週末、二人で遊ばない?」

「も、もちろん! 遊ぼー遊ぼー! あたし、土曜も日曜も空いてるよ!」

「そしたら、土曜日にうちに来るのはどう?」

「行く行くー! ……って、あれ? ちゆちーの家って……」

「ええ」

 

 ちゆちーはあたしの耳元に口を寄せると、二人だけの秘密を話すみたいに、そっと囁く。

 

「温泉旅館、ね」

 

 パチリ、と。胸の奥で、何かが弾ける。

 焦げるような、疼くような、燃えるような。

 それは、今までに感じたことのない感情だった。

 

「……………………」

 

 温泉。

 ちゆちーもいっしょに、入ったり、するのだろうか。

 

「どうかしら?」

「……………………い、行きます」

「あ、それか宿泊でもいいけれど」

「日帰りでいいです!!」

 

 半ば叫ぶようにして言うと、ニャトランが呆れたように苦笑する。

 

「ったく、いつまでいちゃついてんだよ」

「いいいいちゃついてないし! ……っていうか、早くみなぴ達のところに行かなきゃ!」

 

 あたしはちゆちーに手を振って、

 

「それじゃあね、ちゆちー!」

「じゃあね、ひなた。また明日ね・・・・・

「……! うん、また明日ね!」

 

 別れ際に見せたちゆちーの笑顔がいつもより特別かわいく見えたのは、あたしの勘違いではない、と思う。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 走り去っていくひなたの背中が見えなくなるまで見送ると、わたしは自分の手を開いては閉じ、開いては閉じるのを繰り返す。さっきまでひなたが握ってくれていたところが、ほんのりと熱を帯びている、気がする。

 ふふ、と耐え切れなくて、声が漏れる。ニャトランは不思議そうにわたしを横目で見ると、「どうしたんだ?」と尋ねてくる。

 

「いいえ……ちょっと、嬉しいことがあっただけ」

「ふーん……? それよりひなたのやつ、大丈夫かよ……?」

「ええ、あの子なら大丈夫よ」

 

 わたしは力強く断言する。

 

「急な宿泊になってもいいように、一部屋空けておくから」

「何の話だ!?」

 

 もちろん、それは冗談として。

 わたしは家に帰ると、真っ先に今週末の宿泊状況を確認したのだった。

 

 

 了

 

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 前回の話です。沢泉ちゆと平光ひなたが「唇の感触」を教え合う話です。 

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 ひかララ(29)です。宅飲み中、コーヒー牛乳をカルーアミルクだと偽り、泥酔した振りをするララが、ひかるさんに「ある取引」を持ち掛ける話。 

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 次回のちゆひなSSは、『二人だけの温泉旅行』の予定です。

 最近、隙あらばちゆひなのことを考えている気がします。ちゆひな…ちゆひな…。

 

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