金色の昼下がり

プリキュアについて割と全力で考察するブログ

ヒーリングっど♥プリキュア 44話 感想 ビョーゲンズと和解できなかった理由

 ヒープリ44話、めちゃめちゃ良かったですね。

 キングビョーゲンとの対話って何話すんだ~~~~とドキドキしていたら、生きるための戦いを選択して勝てそうきない相手でも必死に挑みかかったの、まさに生きるために重い病気と戦ってる患者さんやそんな患者さんの治療に携わる医療従事者の方々と重なって感極まってました。

 

 ネタバレありで感想とちょっとした考察を書き殴ってます。ご注意ください。

 

追記

本文にも追記した通り、最終話を経てヒープリの解釈の仕方が変わりました。が、この記事は44話時点ではこう考えていたということでそのまま残しておきます。

ヒーリングっど♥プリキュア 45話(最終回) 感想 「健やかに生きる」を問い続けた集大成 - 金色の昼下がり

 

 

 

 

ビョーゲンズも「生きたい」のでは?

 ビョーゲンズは地球すべてを蝕む病原体です。ただ病原体とはいえ、プリキュアやヒーリングアニマルたちと同じく「生きている存在」であることには変わらないはずで、だとすればグレースたちが「生きたい」と思うのと同様にビョーゲンズもまた「生きたい」と願っているのではないか? そんな彼らを殲滅するのは「正しい」と言えるのか? という疑問はおそらく少なくない視聴者が感じていたものだったかと思います。私自身もその疑問はずっと持ち続けていて、だからこそグレースたちがその問いに対してどのような答えを出すのかずっとドキドキしていたのですが、今回、ネオキングビョーゲン様との対話の中でそれがはっきりと明示されました。

 

 まずはネオキングビョーゲンの言い分です。

 

ネオキングビョーゲン「人間とて我らと変わらぬ」

(中略)
ネオキングビョーゲン「生きるということは戦うこと。戦いに勝った者だけが生きることを許される。その勝者が我ただ一人であったというだけだ」

出典:ヒーリングっど♥プリキュア第44話

 

 それに対するのどか(グレースとしてではなく”のどか”として答えてるのがまた熱い展開)の回答は以下の通りです。

 

のどか「生きることは戦うこと。そうだね。わたしもそう思う」

(中略)
のどか「わたしたち、いつも何かと戦ってる。戦いながら生きてる。あなたの言う通り。だからわたしは戦い続ける。いままでと同じ、ううん、いままで以上に戦い続ける。勝つためじゃない。負けないために。わたしが健やかに生きるために。大好きな人たちが健やかに生きられるように。他のすべてを見下して、虐げて、奪ってくる、あなたみたいな存在のせいで、悲しむ人が増えないように!」

出典:ヒーリングっど♥プリキュア第44話

 

 のどかはネオキングビョーゲンのその言い分を否定せずに肯定します。「生きることは戦い」だと定義し、「だからわたしは戦い続ける」のだと言い放ちます。そこに「正しい」という言葉も「正義」という言葉も使われていません。善悪の垣根を越えたその争いは、まさに「生物としての生存競争」そのものです。他のすべてを蝕み虐げる存在であるビョーゲンズとはどう足掻いても共存不可能であり、最大の強敵を前にしてものどかは戦い続けることを決意します。

 

<追記 2/21 11:45>

 …と書いていたのですが、45話まで見届けて、この解釈はややズレているのではないかと考え直しました。詳しくは45話の記事に書いてあります。

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ビョーゲンズとは和解できなかったのか?

  ビョーゲンズとは和解できなかったのか?という疑問ですが、ネオキングビョーゲン様たちビョーゲンズは地球すべてを蝕む毒性の非常に高い天然痘のような病原体であり、現状のままでは彼らとの共存はどう足掻いても不可能だと示されており、ビョーゲンズとの和解の可能性についても作中でことごとく潰されてしまっています。

 

 たとえば彼らが人間と同じ倫理観を持ち合わせていないことは、ダルイゼンの「(人の心がないの?という問いかけに対して)人間じゃないし(6話)」という発言などからも読み取れます。

 

 また、バテテモーダは「戦うのって超楽しいっすわ(12話)」と言い、シンドイーネさんは「大切とか言われたらますます蝕みたくなっちゃう(17話)」と言い、ダルイゼンは「(自分さえ良ければそれでいいの?という問いに対して)いいけど?(6話)」と答えています。これらの描写からも、ビョーゲンズとの対話/和解可能性はことごとく否定されていることがうかがえますし、その後もそれが修正されたり、自らの行いを顧みたり、彼らにもやむを得ない事情があるといった背景が描かれることはありませんでした。(42話でグレースから「あなたを助けたらどうなるの!?」と言われた時ですら、ダルイゼンは反省したり、こうするしかなかったというような弁解をしたりすることもありませんでした)

 

 対話も出来ず、自分を顧みることもせず、現在進行形で地球上のすべてを蝕み虐げる存在。それがビョーゲンズです。つまり「ビョーゲンズも生きているのだからその存在を認めるべき」という考えは「いままさに行われている侵蝕行為や加虐行為を認めること」に繋がり、それは結果として「地球の死滅」に繋がってしまいます。よって、地球上の生物としては何としてでもそれを阻まなければならず、その抵抗が44話における地球上の生物の「生きたい!」という叫びに至ったわけです。

 

→このあたりの話については寛容のパラドックスに通じるところがあるんじゃないかな、という話を絡めて42話の記事で書いてます。

 

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※天然痘は人類にとって凶悪な病気のひとつで、その病原体である天然痘ウイルスは撲滅されています。人類が初めて、そして唯一撲滅させることに成功した病原体です。

 

参考リンク

天然痘(痘そう)とは(国立感染研究HP)

 

ビョーゲンズが浄化されたことに悲しみを覚える…

 一方で、 たとえば彼らを「他民族」「対話可能な知的生命体」として捉えてしまうと、「価値観が違うというだけなのに殲滅するのはどうなのか」「知性をもった一つの生物を殺すことに躊躇がないのはどうなのか」といったモヤモヤが生じてしまうかもしれません。確かにビョーゲンズたちは人のカタチをしており、また高いカリスマ性があったり顔が良かったり愛嬌があったりと、非常に魅力的なキャラクターをしており、私も彼らのことは悪役として大好きです。

 

 ただ前述した通り、ビョーゲンズの持っている特徴はまさに「病気(病原体)」と同じものであり、作中でもビョーゲンズは一貫して「病気(病原体)の象徴」あるいは「現在進行形で侵蝕行為や加虐行為をする者の象徴」として描かれていたように思います。病気(病原体)を治療するのに罪悪感は不必要ですし、加虐された際に抵抗するのに躊躇は不要です。また、いくら彼らに高いカリスマ性があろうと顔が良かろうと愛嬌があろうと、そのことは決して侵蝕行為の「免罪符」にはならないはずです。和解が不可能であり、現在進行形で加虐行為を続ける彼らを「浄化」するしかなかったのは、ヒープリという物語の定めだったと思います。

 

 ただ、それはそれとして、そんなふうに魅力のたっぷり詰まったビョーゲンズのことを「好き」になったり、その生き様のどこか一部分に「共感」を覚えた方にとっては、彼らが殲滅されている流れはちょっと心に来たかもしれません。実際私もビョーゲンズのみんなは大好きなので、殲滅の流れに納得しているとはいえ、哀しみの感情もまた持ち合わせています。でもそれはそれで別にいいとも思います。悪役を好きになっちゃいけない理由はないですからね。大好きだよビョーゲンズ…。

 

※ところで、なぜビョーゲンズは物語上浄化され尽くされる存在なのにこんなにカリスマ性があったり顔が良かったり愛嬌が「付与」されていたのでしょう? どうせ浄化するならもっと怪物のように描いたり、人型ではないようにしたり、愛嬌のまったくないキャラにしたり、顔が良くないようにするのも手段としてはあったはずです。その方が視聴者としてもよほど「楽」にビョーゲンズの浄化を望むことができたはずで、そのくらいことは物語のプロフェッショナルである制作スタッフの方々も重々承知していたと思います。

 

 が、ヒープリはそれを選びませんでした。それどころか、ケダリーが浄化されるときも、シンドイーネさんが浄化されるときも、「巨大化」したり「怪物化」することなく「人型」を保ったまま浄化させることを選びました。「人型」を倒すというのは本来心理的な障壁がかなり強いものですが、ヒープリはそれをやりました。ヒープリがあえてそれを選択したのはなぜでしょう? 

 

 個人的には、カリスマ性があったり顔が良かったり愛嬌があったとしてもそれは加虐行為の「免罪符」にはならない、相手が「人のカタチ」をしてようが対話/共存不可能な加虐者からは「負けないため」に戦う必要がある、というスタンスを保持することの一環だったのかなと考えましたが、どうでしょうか。みなさんも何か思いつくことがあればぜひ教えてください。

 

→2/15 20:49 追記

 ビョーゲンズに高いカリスマ性が付与されていると書きましたが、冷静に考えるとカリスマ性の高いビョーゲンズって別にいないですね…笑 カリスマ性が高いというのはグアイワル先輩を想定して書いていたのですが、私が彼を好きすぎてるだけで客観的にみるとカリスマ性はないですね。笑 ここに訂正しておきます。

 

ビョーゲンズとヒーリングアニマル達の決定的な差異

 ビョーゲンズは基本的に自分本位であり、自分の大切にしているもののためなら仲間を含めて他のすべてを躊躇なく犠牲にすることを厭わない存在です。グアイワルは自分が王になるためにキングビョーゲンズを消そうと画策しましたし、シンドイーネさんは自分の好きなキングビョーゲンのために積極的に仲間を追い詰め犠牲にしましたし、ダルイゼンは自分が居心地よく生きるためにのどかの体内にメガパーツを突っ込んでましたし、キングビョーゲンは自分に忠実でない部下を吸収しつつ忠実な部下が浄化されても「どうでもいい」と言い捨てていました。こうやって見ると、ビョーゲンズの「自分さえ良ければ他の全てはどうでもいい」という性質が目立ちます。

 

 また、ビョーゲンズは「他者を蝕み虐げることそのものに愉悦を覚えている」シーンが繰り返し描かれています。彼らの戦いは基本的に「負けないため(健やかに生きるため)」ではなく「勝つため(他者を蝕み虐げるため)」という要素の強いものでした。

 

 一方で、ヒーリングアニマルやプリキュアは違います。プリキュアたちは仲間を大切にして、周囲の生物を虐げたりすることなく、地球の象徴であるエレメントさんを守っていました。グレースがキングビョーゲンとの対話の中で言及した通り、プリキュアたちの戦いは「勝つため」ではなく「負けないため」のものでした。

 

シンドイーネとキュアアースの対比

 ビョーゲンズの中で唯一利他的な動きをしていたのはシンドイーネさんですが、彼女はある意味でアスミさんと対比関係にある存在と言えるかもしれません。どちらも自分の大切な者(キングビョーゲン、ラテ)のために頑張っていたのは同じです。しかし自分の大切なもののために「仲間を含めて他の全てを犠牲にすることも厭わなかった」という点で、両者の在り方は決定的に異なります。

 

 また、シンドイーネさんはキングビョーゲンのことを最後まで妄信しきっていましたが、アスミさんはそうではありません。登場した当時は「ラテ様は絶対!」という感じでしたが、色んな経験をして成長したことでアスミさん「自己決定」することを覚えました。43話でアスミさんが反対を押し切ってワクチン化させたシンドイーネさんを自分の中に入れることを決めたのは、まさにその集大成でしょう。(※1)(※2)

 

※1 43話でグレースたちではなくアースがメガパーツを取り込むことを決断したのは、「自己決定」できるようになったことを示すことの他に、「アースが(見た目は)大人だから」というのと、アースとシンドイーネさんに前述した対比関係があったことも脚本上の理由になっているんじゃないかな、なんて個人的には考えてます。

 

※2 なおネット上ではシンドイーネさんをワクチン化させる際に「羽交い絞め」にしたのはいかがなものなのかという意見が一部見受けられましたが、実際にはアースはシンドイーネさんを「羽交い絞め」にはしていません。「羽交い絞め」とは以下の状態を指しますが、アースはシンドイーネさんの体を持ち上げていただけです。事実とは異なるので、一応記しておきます。

背後から相手の腋 (わき) の下に通した両手を、首の後ろで組み合わせて動けないようにすること。

引用:羽交い締め(はがいじめ)の意味 - goo国語辞書

 

(「羽交い絞め『のように見えた』」という意見については、主観の問題であるため問題ないと思いますし、そう感じたこと自体を否定する意図はありません。念のため…)

 

(ちなみに私は「(攻撃を当てるためというよりは)シンドイーネさんを持つことでワクチン化させた後に自分の体内に取り込みやすいようにした」というふうに見ていましたが、これも主観なので正しいかは分かりません)


終わりに:それにしてもダルイゼンの末路は可哀そう…?

 41話までのダルイゼンがやってきた行為だけを見ると、人間の立場としてはやはり弁護しづらく、情状酌量の余地も薄いように感じます。

 

 とはいえ、ダルイゼンの末路はけっこう可哀そうなところもあります。42話ではグレースに助けを求めるも拒絶され、下水道でズタボロの姿を視聴者に見せ、一縷の希望にかけてメガパーツを埋め込んだら怪物化…と、これまでの悪行ムーブのしっぺ返しを一気に喰らっていました。

 

 個人的には、この「しっぺ返し」はいわゆる「禊イベント」(加虐行為を繰り返してきた悪役が改心した際に視聴者が受け入れられやすいようにするイベント)で、最終話で何らかのカタチで改心するなり弱毒化/無毒化するなり主人公サイドに一定の理解を示すなりして再登場する布石になっているんじゃないかと妄想しているんですが……どうでしょう。どうなるでしょうか。分かりません。

 

 妄想が当たっても外れても、ヒープリが最終話でどんな物語を描くのか、私はとても楽しみです。


 

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