金色の昼下がり

プリキュアについて割と全力で考察するブログ

【トロプリSS・小説】『あすかを仲間として見たことなんか一度もないから』※あすゆりの二次創作

 元々はダブルスのペアを組んでいたのに、あることをキッカケに関係が破綻していたあすかと百合子が涙と色んな感情でぐちゃぐちゃになりながら仲直りしてくっつくまでの話です。

 

(あすゆり/百合/GL/9000字程度)

 

 

 

『あすかを仲間として見たことなんか一度もないから』

 

Chapter : A

「あすかとは組めない」


 とつぜんの宣告だった。
 言葉としての意味は分かる。だがあすかには百合子がなぜそんなことを言い出したのかまるで理解できなかった。二年生の夏。県主催の新人戦を終えてひと段落した頃のことだった。
 百合子とは一年生のときからずっとダブルスのペアを組んでおり、互いに信頼し合ってこれまでも大会を勝ち進んできた仲間である。あすかには百合子以外のペアなど考えもしなかったし、それは百合子にとっても同じはずだとずっと思っていた。
 それなのに。


「な……、何でだよ」
「理由なんか言っても無駄だから」


 百合子は短く答えると、それでもう話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
 部室を出ようとする百合子の手を咄嗟に掴む。


「いきなりそんなこと言われたって納得できないから!」
「別に納得してもらおうなんて思ってない」
「次の大会はどうするんだよ!」
「もうテニス部もやめることにしたから」


 掴んだ手を力づくで振り解かれる。目を合わせようともしないその態度に、あすかの頭がカッと熱くなる。次の瞬間、あすかは百合子の体を壁に押さえつけていた。


「わたしが何かしたのか」
「…………」
「あんたが何を考えてるのか、まるで分からない」
「…………」
「百合子っ!」


 胸倉を掴んで無理やりに顔を上げさせる。うつむいていて見えなかった百合子の顔を目にしたとき、あすかは思わず息を呑んだ。
 そこに浮かんでいた感情。それは憎悪であり嫌悪だった。


「……くせに」
「え?」
「人の気持ちも知らないくせに!」


 ガンッ、と金属がぶつかる音が鳴る。百合子の手から落ちたカバン、その中に入っていた水筒が地面にぶつかった音だ。いつの間にか百合子もまたあすかの胸倉を掴んでいる。


「私はあすかよりも下手なのよ! この前の試合だって、最後は私のミスで負けたじゃない!」
「ミスくらい、誰だってあるだろ!」
「違う! 相手はずっと私にボールを集めてた! この前だけじゃない! その前からずっとよ!」


 《集める》というのはダブルスにおいて対戦相手の一方を集中的に狙うことを意味する。要するに相手ペアが百合子を『弱み』だと認識していたということだ。

 ダブルスにおいて弱い方の選手を狙うのはよくある戦術のひとつである。それをしたからといって責められるわけではない。だがそれにしてもこの前の試合は執拗なほど百合子にボールが集められていた。まるで百合子に因縁をつけているような陰険なプレー。嫌な気分になったのはあすかも同じだった。


「私、二年間やってきて分かったのよ。いくら練習してもあすかのようにはなれない。私じゃ、あすかの隣には立てないって」
「……そんなことない」


 反射的にあすかは言ったが、自分でも分かっていた。口に出したそのその言葉がいかに空虚で、無責任で、響かないものなのか。百合子は考え抜いてこの結論にたどり着いたのだ。咄嗟に出したその一言だけで百合子の傷を癒せるはずがなかった。
 悲痛に歪んだ表情のまま百合子は嗤った。


「さすが。テニスが上手くて他校の生徒からもちやほやされてる人は余裕が違うわね」
「な、何だよその言い方……」
「おまけに連絡先まで交換して」
「あ、あれは無理やり渡されただけで、連絡だって何回かやり取りしただけだし……っていうか、関係ないだろそんな話は」
「……そうね。確かに関係ない。私の退部だって、あすかには関係ないはずよね」


 百合子はそう言って胸倉を掴んでいたあすかの手を振り解く。
 つかつかと進んでいき、部室のドアノブを手に取ったとき、


「待てよ」


 あすかはその背中に声をかけた。


「ずっといっしょにやっていこうって約束したのは嘘だったのかよ」


 数刻の沈黙の末、返ってきたのは別の質問だった。


「あすかは何で、私と組んでたの」
「……百合子が、良かったから」
「良かったって、どういうこと?」
「だから、それは……、百合子はわたしにとって、大事な仲間だから」
「……大事な仲間、ね」


 百合子は今度こそ声に出して笑った。ぞっとするほど冷ややかな失笑だった。


「要するに、私の実力なんてどうでもいいってことじゃない」
「ち、違っ……!」

「同情でペアを組まれるなんてうんざりだから」

「だから、そうじゃなくて!」
「言っておくけど、」


 慌てて弁解しようとするあすかを遮り、百合子は冷たく言い放つ。


「私はあすかを仲間として見たことなんか一度もないから」


 さようなら。
 百合子が吐き捨てるように言うのと同時にけたたましい金属音が響く。ドアが閉まった音だ。
 誰もいなくなったカビ臭い部室で、あすかはただ立ち尽くす。


 百合子を追いかけることはできなかった。追いついたところで、何と言葉をかければいいのか分からなかったからだ。確かに実力差が開き始めているのはペアであるあすかがいちばん近くで感じていたし、百パーセント百合子の実力を見てペアを組んでいたわけではないのは紛れもない事実であった。

 そして何より、百合子の言葉が心に突き刺さって抜けなかった。


 ――あすかを仲間として見たことなんか一度もないから。


 力が抜ける。ヒヤリとしたコンクリートの冷たい感触が足に伝わった。


「……何だよ、それ」


 座り込みながら、くしゃくしゃと髪をかき乱す。
 仲間とすら思ってないやつとペアを組んだせいで陰険なプレーをされる。百合子はさぞ苦痛だったことだろう。嫌いな人間のために傷付きたい人間などいない。


「……ああ、そっか」


 自分は最初から、百合子の隣にいてはいけない存在だったのだ。

 ポタリ、と薄汚れた地面に黒い染みができる。あすかの目からこぼれた感情だ。その染みが少しずつ大きくなっていく様を、あすかはただじっと見つめるしかなかった。


 *


 一か月後、あすかはテニス部を辞め、百合子は生徒会長になっていた。百合子はいつの間にか選挙に出て、いつの間にか知らない子に応援演説を頼み、そしていつの間にか当選していた。
 会長になった百合子は人望も厚く、厳しいながらも他の生徒たちから尊敬されているらしい。《らしい》というのは、あの日を境にあすかは百合子と会話をするどころか目を合わせることすらなくなっていたことによる。クラスの異なる百合子の情報は、もはや伝聞でしか得られなかった。


 久しぶりに会話をしたのは二年生の冬、勇気を出して生徒室に足を踏み入れたときのことだった。そのときのことをあすかはいまでも忘れていない。後輩たちに囲まれていた百合子は自分の顔を目にすると、あの日と同じ冷ややかな表情で問いかけた。


「何の用? ”滝沢あすかさん”?」


 あすかは顔を歪ませると、「何でもない」と言い残して立ち去った。

 

Chapter : Y


 もしあのとき、あすかが自分のテニスの実力を認めてくれていたなら。
 もしあのとき、あすかが自分のことが××だと言ってくれていたなら。


 いや、考えてもしかたのないことだ。
 あすかはそのどちらも言わなかった。だから自分はテニス部を辞めた。それだけのことだ。


「あの、会長、この書類は……」
「ああ。そこに置いておいて。あとでチェックしておくから」


 書記からの質問に答えながら、百合子は窓の外に視線を向ける。数十メートル離れた外のベンチで、見知らぬ女生徒とあすかがいっしょに何かを食べている。トロピカルメロンパンだ。何味なのかまではさすがに見えないが、予想はつく。どうせマンゴー味だろう。


「会長、何か怒っていますか……?」
「え? どうして?」
「い、いえ……少し怖い顔をしていたので……」


 萎縮したように小声で言う書記に、百合子はフッと笑みをこぼす。


「トロピカルメロンパン」
「は、はい?」
「あなたはどの味が好き?」


 急に話を振られた書記は困惑しながらもイチゴ味だと答える。


「マンゴー味はどう?」
「私は、あんまり……」
「そうなのね」
「あっ、すみません。もしかして、会長はマンゴー味が好きでしたか?」


 女子生徒と楽しげに談笑しているあすかを遠目に眺めながら、百合子は答える。


「私もマンゴー味は苦手」
「そ、そうなんですか……」
「だから、あの子にあげたのよね」
「え?」
「一年生のとき、初めて購買でマンゴー味を買ったのだけど、口に合わなかったから同級生の子にあげたのよ。そしたらその子は気に入ったみたいで、それ以来ずっとマンゴー味ばっかり食べるようになった。たまには別の味にしたらって言っても耳を貸さないし、けっきょくその子、一年生のうちは毎日マンゴー味を買って食べてたの。まったく頑固というか、強情というか……」


 ふと顔を上げると、書記が首を傾げていた。


「会長、それは頑固とも強情とも言わないんじゃないでしょうか」
「え?」
「あ、いえっ……! ただ、何ていうか……それは一途というか、単にマンゴー味がいちばん好きだっただけなんじゃないかなと……」


 一途。いちばん好き。
 百合子は再び窓の外に目を見やる。あすかはまだ隣の女子生徒と談笑している。楽しそうに笑っている横顔。チクリ、と胸の奥に鋭い痛みが走る。


「あ、マンゴー味といえば、」


 唐突な沈黙に気まずさを感じたのか、書記が話題を逸らすように言う。


「二年前にマンゴー味が販売されはじめたころはあんまり人気がなくて、販売をやめようという話にもなってたみたいですね」

「そうなの?」

「はい。でも毎日マンゴー味を買っていく生徒がいるからということで販売は継続になって、そうこうしてるうちに人気が出てきたので定番商品になったらしくて。その生徒がいなかったら、いまごろマンゴー味は販売終了になってたかもって、購買のお姉さんが言ってました」
「…………」

「? 会長?」
「……いえ、何でもないわ」


 百合子がもう一度窓の外に目を向ける。あすかの隣にいる女子生徒がベンチから立ち上がったところだった。
 そこでようやく百合子は気付く。違う。あれは見覚えのある生徒だ。この前、新しい部活を作りたいと申請しに来た子。名前は確か、夏海まなつ。


「百合子」


 あすかの声がすぐ近くて聞こえたような気がして、咄嗟に周囲を見回す。
 もちろんそれは幻聴だった。いまのあすかの近くにいるのは自分ではない。夏海まなつだ。
 あすかはまなつを追いかけるようにして立ち上がった。二人は横に並びになると、親しげに顔を見合わせ、そのまま見えなくなった。


「……私のことは、追いかけなかったくせに」


 無意識に衝いて出た言葉にハッとなり、慌てて口をつぐむ。幸いにも書記は書類に集中していて聞こえなかったようだ。
 百合子は静かに首を横に振る。それはさすがにない。自分からあすかの元を逃げ出したくせに、本当は追いかけてほしかったなんて。認められるはずがない。認めたくもない。


 百合子は書類に向き直り、必要箇所にハンコを押す。
 あっ、と横で見ていた書記が声を漏らした。遅れて百合子も気付く。
 ハンコの向きが逆さまになっていた。

 

Chapter : AY


「じゃあ、悪いけど、この書類を職員室に持って行ってくれるかしら」


 仕事を引き受けた書記は子気味よく返事をすると生徒会室を出て行く。
 誰もいなくなった部屋で、百合子はふうと小さく息を吐く。考えていたのはあすかのことだ。新しい部室を探すという話はどうなったのだろうか。
 ぼんやりと風に揺れるカーテンを見つめていると、やや乱暴な音を立ててドアが開けられた。生徒会室から職員室まではそれなりに距離があるはずだが、やけに戻ってくるのが早い。
 どうかしたの、と振り向きながら声をかけようとしたとき、百合子の喉はきゅっと締まった。
 あすかだった。


「……何の用」
「生徒が生徒会室に来ることが、そんなにおかしいのか」


 あすかは憮然とした表情で近寄り、机の上に一枚の紙を叩きつける。部活の申請書だ。部活名の欄には『トロピカる部』と書かれている。


「部室、見つかったの」
「屋上に良い感じの小屋があった。これで問題ないだろ」


 一刻も早くここから去りたいのだろう。あすかは急かすように言った。
 不意に視界の隅で何かがキラリと瞬く。指輪だった。赤色のそれはあすかによく似合っていたが、彼女がそんなものを付けているところなど見たことはない。少なくとも、百合子の知る限りは。


 あすかに影響を与えた人物。思い当たるのはひとりしかいない。そして自分の記憶が正しければ、その人物は色違いの指輪をつけていた。
 夏海まなつ。トロピカる部の発足者。あすかといっしょにメロンパンを食べていた後輩。
 百合子は申請書を受け取ろうとはせず、見せつけるようにため息を吐く。


「どうしてそんなに必死なの」
「は?」
「まだ知り合って間もないあの子のために、何でそんなに必死なのか聞いているの」
「……あんたには関係ないだろ」
「ええ、そうね。私たちは仲間でも何でもないものね」


 あすかは眉間に皺を寄せ、不快感を露わにする。


「いいから早く受け取れよ」
「あら、私にそんな口を聞いていいの?」
「何だと?」
「生徒会長にはね、生徒から部活の申請書を受理するかどうかを決める権限が与えられているの。つまり私がこの申請書を受理しなかったら、新しい部活を作ることはできないってこと」
「……職権乱用だな」
「正当な権限の行使よ。見たところ内容もめちゃくちゃだし、そもそもこんな部活、先生たちも認めるとは思えないわ。生徒会長の強い進言がない限りはね」


 あすかは即座に何か言い返そうとしたが、寸前のところで百合子の意図を理解したようだ。忌々しそうに拳を握りしめる。


「……つまり、あんたの強い進言があればこの申請書は通るんだな」
「そういうこと。お利口さんね、滝沢あすかさん」


 あすかの顔が分かりやすく歪んだが、意外にも挑発には乗らなかった。


「何をすればいい」
「え?」
「タダで通すつもりじゃないんだろ。何をすれば通してくれるんだ」


 あくまでも申請書を通そうとしているあすかの態度にカチンと来る。そんなに夏海まなつに入れ込んでいるのか。
 百合子は少し思案すると、椅子に座ったまま体を横に向け、片方の足をすっと差し出した。


「跪いて、キスでもしてくれたら通してあげる」


 ニヤリと嗤って挑発的な眼差しを向ける。
 本気でしてもらおうとは思っていなかった。ただの意地だった。
 あすかはしばらく無言のまま逡巡したかと思うと、ふっと腰をかがめて膝をついた。その顔がどんな表情を浮かべているのか、前髪が邪魔をして百合子の位置からは見えない。


 憤怒か。憎悪か。それとも侮蔑か。
 ほらほら、と百合子が足先を動かしたときだった。
 衝撃が走る。胸倉を掴まれたのだ。そのまま強引に引き寄せられた百合子の唇に、熱く濡れたものが押し付けられる。


「これでいいか」

 

 数秒ほどして、顔が離れる。
 カーテンが揺れた。隙間から差し込んだ輝きが、あすかの頬を茜色に染めている。
 とっくに胸倉から手は離されていたが、百合子は何もできずにいた。


「おい」


 しびれを切らしたあすかはバツが悪そうに呼びかける。
 百合子は何も言わない。


「なあ……いい加減、人の話を……って、え?」


 戸惑いを孕んだ視線から逃げるように、両手で顔を覆った。
 そんな百合子に、あすかはおずおずと尋ねる。


「もしかして……、泣いてるのか……?」
「バカ」
「あ、あんたがやれって言ったんだろ」
「口にしろなんて言ってない」


 ようやくあすかも気付いたようだった。しどろもどろになりながら、いや、とか、でも、とか言い訳がましいことを口にしている。


「……最悪」
「さ、最悪って……、それはさすがに傷付くぞ」
「……くせに」
「え?」
「人の気持ちなんて知らないくせに!」


 派手な音を立てて椅子が倒れる。百合子が勢いよく立ち上がったためだ。そのまま脱兎のごとく生徒会を出て走っていく。ドアの付近で書記とすれ違ったが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。


「なあ、おい!」


 一刻も早くあすかの元を離れなければ。
 そうしなければ、私は――。


「百合子!」


 廊下を走り抜け、ひと気のない階段をかけ上がっているとき、あすかの声に呼び止められる。
 反射的に立ち止まって踊り場から見下ろすと、階段の下に息を切らしたあすかが立っていた。


「……ひとつ、聞きたいことがある」


 あすかは一歩ずつ、何かを確かめるように階段を上がってくる。
 逃げ出してしまいたかった。でも逃げられなかった。
 必死で、真っ直ぐなあすかの目が、それを許さなかった。


「あんたは、わたしを仲間として見たことはないって言ってたよな」


 百合子は内心で答える。その通り。あすかを仲間だなんて思ったことはない。


「じゃあ質問の仕方を変える」


 やめて。聞かないで。百合子は後ろの壁に寄りかかりながら座り込む。耳を塞いで目を閉じる。無駄だとは分かっていても、そうせずにはいられなかった。

 あすかの声が聞こえる。


「百合子は、わたしのことが、好きだったのか」

「……好きだったんじゃない」


 意思に反して、本心が答える。


「いまも、好きなの」


 周囲から忽然と音が消える。血液が顔中に集まっているのが自分でも分かる。返事を聞くのが嫌で、百合子は強く強く自分の耳を押さえつける。無駄だとは分かっていても、そうせずにはいられない。
 あすかはゆっくりと近付いて百合子の隣に座った。
 そのまま何を言うわけでもなく、じっと何かを待っている。
 耐え切れず、百合子の方から口を開いた。


「拒絶するなら早くしてよ」
「……あのなあ」
「私のことなんて、ただの仲間としか思ってないんでしょ」


 ふてくされたようにつぶやくと、ぐいっと頬を持って顔を上げさせられる。


「人の気持ちなんて知らないくせにって、あのときも言ってたよな」


 目を見開く。
 あすかは、泣いていた。


「こっちの台詞だ、バカ」


 何も言い返せなかった。当然だ。口を塞がれていて言い返せる者などいない。
 顔に濡れたような感覚が伝わる。あすかの涙だ。自分の涙かもしれない。きっと二人分なのだろう。互いに涙をなすりつけながら、傷付け合うようなキスを続ける。
 長い時間が過ぎた。ようやく顔が離れたとき、あすかは急にフッと笑った。


「何がおかしいのよ」
「いや、だって百合子が酷い顔してるから」
「……あすかだって、人のこと言えないわよ」
「だろうな」


 あすかの手が伸びてきて、百合子の髪にそっと触れた。


「わたしが何でテニス部をやめたか分かるか」
「私がやめたからでしょ」
「正解」
「あすかが辞めたって聞いたとき、ちょっと嬉しかったのよ。私が原因で辞めたんだって。あすかにとって、私はそれなりに大きい存在だったんだって。どう? 最低な女だと思わない?」
「思わないよ」


 大真面目な顔で返してくるあすかを見て、百合子は思った。こういうところは何も変わってない。あすかはいまもあすかだ。


「百合子がテニス部を辞めた理由は何なんだ」
「前に言った通りよ」
「でも、何か隠してるだろ」
「…………」
「聞かせてくれるか」


 ここまで来たら観念するしかない。
 百合子はポツポツと語り出す。あの頃はスランプに陥っていて、それまで以上に実力差が開き始めたこともあり、あすかとペアを組む資格がないのではと思い悩んでいたことを。あすかの足を引っ張るのだけは嫌だったことを。


「新人戦で負けた後なんて、他校の生徒から耳元でネチネチ言われたのよ。あなたがあすかさんの足を引っ張るからよ、とか」
「……許せないな。誰だそんな最低なこと言ったやつ」
「あなたが連絡先を交換してた子よ」
「…………」
「いろいろあったけど、それが決定打だったかしら。まあ生徒会長にも立候補したいとはもともと思ってたし、部活と両立させるのは大変だってことも聞いてたから、そのおかげで踏ん切りをつけられたとも言えるけれど」
「……いや、なんていうか、その……、ごめん」
「私が許すと思う?」
「で、でも本当に何回かやり取りしただけだし、わたしも返信するのがめんどくさくて適当なスタンプ返してただけだし、それからはまったく連絡してないし……」
「ふーん。じゃあ、あの夏海まなつって子は?」
「まなつはただの後輩だって!」
「ペアリングをつけてるのに?」
「あっ、いや、これはその、そういうわけじゃなくて、確かにおそろいではあるけど、トロピカる部はみんなあれをつけてて、別にペアリングってわけじゃ……」


 あからさまに狼狽するあすかを見て、堪え切れずに吹き出した。


「冗談よ」
「……え?」
「他の部員の子も同じような指輪をつけてるのは、前に見たから知ってる」


 あすかはきょとんとしていたが、やがてからかわれていたことを悟ったようだ。何だよ、と安堵するように笑い出した。

 こんなふうに何の屈託もなく笑い合うのは、いつ以来だろうか。
 遠くの方からは運動部が一斉に帰り始める声が聞こえてくる。そろそろ下校の時間が近付いているらしい。


「でもさ、わたしが百合子とペアじゃないとダメだったのは嘘じゃないよ」


 不意に、あすかは過去を懐かしむように言う。


「わたしのプレーは癖が強くて他の子とじゃ上手くいかない。百合子だけがわたしを理解してくれてた。確かにペアでやってるとわたしが目立つことは多かったけど、百合子はわたしとは違ってどんなときでも冷静だった。決定力は欠けてたかもしれないけど、安定してボールを返すのは得意だった。先にミスするのはたいてい相手の方だったし、相手が隙を見せたらすかさずわたしが出しゃばってスマッシュを決める。そりゃ確かに負けるときもあったけど、勝つことの方が多かっただろ」
「それは……」
「でもまあ、百合子の実力だけを見てペアを組んでたっていうと、嘘になる」


 あすかは指で百合子の髪を梳きながら、どこか照れくさそうに言った。


「ずっといっしょにやってれば、いつかチャンスが来るんじゃないかって、そう思ってたんだ」
「……? チャンスって?」
「いや、だから、ほら……百合子と、さっきみたいなことをする関係になれないかなって」
「……バカみたい」
「だよな」
「ほんと、バカね」


 百合子は笑った。それはもう冷笑でも嘲笑でもない。優しい笑みだった。


「そんなの、最初からずっとあったわよ」


 今度は百合子からだった。あすかも初めは驚いた様子だったが、そのまますぐに百合子を迎え入れた。

 間もなく最終下校を告げるチャイムが鳴る。
 しかし、その音が二人の耳に届くことはない。

 


 終わり

 

あすゆりの雑感とあとがき

 あすゆり、めちゃくちゃ良いですね。こういう関係性大好きです。次週あたりに二人の因縁についての公式見解が発表されてしまいそうなので、いまのうちにと急いで書きました。ごめんなさい。

 

 ちなみに初めは「Chapter : A」しか思いつかなくてそこで終わる予定でした。ただこのままでは陰鬱としたまま終わってしまうなと思って書き足したのが「Chapter : Y」で、これで一安心、と胸を撫でおろそうとしたところ、誰も幸せになってないことに気づいて頭を抱えました。無事にハッピーエンドにできて良かったです。本編のあすゆりもいっぱい喧嘩してめいいっぱい仲直りして、事あるごとに登場して欲しいですね。

 

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