「まだ付き合っていないちゆひなが温泉デートする話」その④(最終)です。
百合・GLです。全年齢向けですが、ゆるい百合ではなく直球です。苦手な方はご注意ください。
その③はこちら→
(ちゆひな/百合・GL/全年齢向け)
『平光ひなたは続きがしたい④』
本日二度目の、旅館沢泉。
ちゆちーのママからはもともと泊まっていったらいいのにと勧められていたけど、突然のことだから迷惑かけちゃうだろうし、やっぱり申し訳ないなって思う。
でも、そのことを伝えたらちゆちーのママは優しく微笑んで、
『困ったときはお互いに助け合うのが、すこやか市民でしょ?』
と言った。
さすがちゆちーのママ……めっちゃカッコいい……。
ちゆちーのママは、あたしのパパに連絡しておくからと言って、まずは温泉に入るようにと勧めてくれた。
でも、びしょ濡れになっていたのはちゆちーも同じだ。
だから、てっきりまたいっしょに貸切風呂に入るのかと思ったんだけど、いまの時間帯は貸切風呂も大浴場もお客さんが利用しているので、ちゆちーは家の普通のお風呂を使うことになった。
大浴場の脱衣所まで案内されると、ちゆちーは「そうだ」と何か思い出したように言った。
「ひなたの服、水につけておかないとね。手洗いもしておくから、貸してもらってもいい?」
「い、いいよ、悪いし……」
「何言ってるの。せっかくの新しい服なんだから」
「……え? 気付いてたの?」
「あれ? 言ってなかった? とても似合ってて、かわいいわ」
「…………」
ちゃんと見てくれてたんだ。
嬉しくて、つい、口元が緩んでしまう。それだけで、買ったよかったと思える。
「じゃあ、脱いで渡してもらってもいい?」
「う、うん」
ちゆちーはあたしが服を脱ぐのを待っている。
じーっと、あたしの方を見ながら。
「…………」
「……あの」
「…………」
「……おーい」
「…………」
「……ち、ちゆちー?」
「あっ。ごめん、何か言った?」
「あんまり見られると……恥ずかしいっていうか……」
「……いや、ちょっとクワガタがいたから」
ぜったい嘘じゃん。
そう思ったけど、これ以上問い詰めてもしかたないと思ったので、「そういうことにしとくよ」と言っておいた。……ちゆちー、何とか誤魔化せたみたいな顔してるけど、バレバレだからね?
「それじゃあ、またあとでね」
「うん。またあとで」
下着姿のまま濡れた服を手渡して、バイバイする。
ちゆちーの姿が見えなくなってから、あたしは上を脱いでいく。
ひとりで温泉に入るのは初めてだから、正直ちょっと心淋しい。ちゆちーが家のお風呂を使うと聞いたときは、あ、別々なんだって思ったし。
……って、あたし、いつの間にかちゆちーといっしょにお風呂に入るのが当たり前みたいに思ってない?
「あっ、ひなた」
「うぇっ!? なななな何!?」
ひょこっと、ちゆちーが壁の横から顔を出す。
「夕飯だけど、苦手なものとか、アレルギーって特にないかしら?」
「ないです! 何でもおいしく食べます!」
手と腕で体の前を隠しながら答えると、ちゆちーはニコッと笑って姿を消した。
「…………もう」
ちゆちーに裸を見られるのは、やっぱりなんか、恥ずかしい。意識してることもあってか、昼間のときよりもその気持ちは強まっていた。
息をついて、下を脱いでいく。
すると、今度はパタパタ足音が聞こえてくる。
もしかして……と思っていると、その通りだった。
「ひなた!」
「ちゆちーぜったいわざとでしょ!」
また何か理由をつけて戻ってきたに違いない。
そう思っていたけど、ちゆちーはどこか真剣な表情をしている。
「いま気付いたんだけれど……ひなたはひとつ、勘違いしているわ」
「? なになに? 何の話?」
「わたし、のどかと温泉に入ったって言ってじゃない? たけどそれって……”足湯”だからね?」
「…………え?」
「要するに、ふたりで貸切風呂に入ったのは、ひなただけってこと」
だから、安心してね。
ちゆちーはそれだけ言うと、今度こそ戻っていった。
「……………………」
再び動き出すのには、一分くらいかかったと思う。
脱いだ下着を棚に入れて、そのまま大浴場に向かう。
洗い場の椅子に座ったとき、あたしは茹でだこみたいに顔を真っ赤にしている女の子を見つける。でも、その子は温泉でのぼせたわけじゃないし、何だったらまだ湯船に入ってもいないことを知っている。
「…………はぁ」
鏡に向けてシャワーをかける。
改めて教えてもらうまでもない。
あたしはちゆちーのことが、好きなんだ。
友だちとしてではなくて、恋人になりたいという意味で。
そしてこれが、特別な好きの気持ちなんだ。
※ ※ ※
「――うちのご飯、和食だったけど大丈夫だった?」
「うん! めっちゃ美味しかった!」
「それならよかった。家族のいる前だと、苦手なものがあっても言い出しにくいだろうなって思ってたから」
夕飯をご馳走になっているときにもめっちゃ美味しいって何回も言ってたから、何でまた聞くんだろうって思ったけど、そういうことか。ちゆちーはほんと気遣いができてすごいなって思う。さすが旅館沢泉の若若女将。
温泉に入って、夕飯もご馳走になったあと、あたしとちゆちーは旅館の一室で寝る前の支度をしていた。着替えは持ってなかったので、旅館の浴衣を貸してもらった。
下着も濡れちゃっていたので、温泉を出たあと脱衣場でどうしようかと悩んでたら、着替えの浴衣を持ってきてくれたちゆちーからこんな提案をされた。
『わたしの下着使う?』
『!? 使わないし!!』
最近分かったけど、ちゆちーはときどきヤバイことを言う。
まあでも、それは冗談だったみたいで、旅館で売ってる下着を一式くれた。お金はいらないと言われたけど、今度お小遣いが入ったらちゃんと返そうと思う。
「そういえば、お父さんと話はできた?」
「温泉から上がったあとに電話が来て、そこでね。でも、思ったほど怒られなかったかも。パパも一日家を空けちゃってごめんって」
「優しいお父さんね」
ちゆちーが押し入れから布団を出しながら言う。
「でも、うちの鍵はどこに行っちゃったんだろ……」
「館内は見て回ったけど、見当たらなかったわ。わたしの部屋にも落ちていなかったし……カバンの中は見たのよね?」
「うん。真っ先に見たけど、ここにはなかったから……………………ん?」
何の気なしにもう一度カバンの中を探してみると……あった。
別に変なところに入っていたとかですらない。普通に入っていた。
……たぶん、家に着いたとき、気が急いてたこともあって、ちゃんと探せてなかったんだ。
「? どうかしたの?」
「うぇっ!? う、ううん! 別に何も!?」
ちゆちーが様子を見に来たので、あたしは焦って鍵を握って隠す。
でも、鋭いちゆちーがそれを見逃すわけもない。
「いま、何か隠さなかった?」
「い、いや~? ナンノコトカナ~?」
「……じゃあ、この手の中、ちょっと見せて?」
「あ! だ、ダメ……!」
「どうして? 何も隠してないんでしょう?」
「だ、ダメなの! ダメだって! ダメ……ちょっ! ち、ちゆちー……! そっ、それ反則……!」
お腹をちょんちょんつつかれる。くすぐったくて、ひゅんと力が抜けて、あっと思ったときには、握っていた拳を開かれてしまう。
「……これって、もしかして」
「……うん」
うなずくと、ちゆちーは神妙な顔をする。
いまは夜の九時過ぎだ。時間はやや遅いとはいえ、外はもう雨も止んでいる。
鍵さえあれば、問題なく家に帰れる。
……帰れちゃうんだ。
「……もう、ひなたったら」
ちゆちーは鍵を取ると、再びあたしのカバンの中に入れた。
「見つかって、よかったわね」
「…………」
「これで、帰れるわね。――明日の朝には」
「……えっ?」
ちゆちーは人差し指を唇に当てて、内緒のポーズをする。
「朝起きて、帰る支度をしていたら鍵が見つかった……ってことでいいかしら?」
「……うん!」
えへへ、と思わず顔が緩んでしまう。
ちゆちーはいつもそうだ。あたしが何かやらかしても、優しくフォローしてくれる。
あたしの気持ちを汲み取ってくれる。
「それじゃあ、まだ早いけれど、そろそろ寝る? ひなた、今日はずっと眠そうだったから」
「そ、そうだね……」
ほんとは昼間に寝ちゃったからそんなに眠くはなかったけど、あたしはひとつの期待を胸に抱きながら、敷いてくれた布団に寝そべる。
……今日は、ちゆちーと寝るんだ。
そう思うとドキドキする。いや、ほら、だって、ちゆちー、『続きはうちで』って言ってたけど、まだしてないし。続きってアレだよね。いっぱいキスするんだよね。
ヤバイ、めっちゃ緊張してきた……。
「ひなた、ゆっくり休んでね」
「…………へ?」
ちゆちーはあたしの分の布団を敷いただけで、そのまま部屋を出て行こうとしていた。
いやいやいや! ちょっと待ってちゆちー!? いっしょに寝るんじゃないの!? ぜんぜん気持ち汲み取ってくれてないじゃん!
って心の中で叫んだら、顔に出てたみたいで。
ちゆちーはそばに近付いてきて、「どうかしたの?」と尋ねてきた。
あたしは、声を絞り出すようにして、
「ち、ちゆちーは……?」
「? わたしがどうかしたの?」
「だ、だから……ちゆちーは……ここで寝ないの……?」
「実はこの部屋、布団が一式しかないの」
「…………だ、だったら」
「だったら?」
にやにやしているちゆちーを見て、あっ、と気付く。
「だったら、なあに?」
「……何でもない」
「本当に?」
「…………」
「本当に何でもないの?」
「も~~~~! ちゆちー意地悪だよ~~~~!」
背中を向けて布団に潜り込む。
あたしの心なんてぜんぶ分かり切ってて、ちゆちーは言ってるんだ。
「ごめん、ひなたがかわいすぎて」
ちゆちーが顔を覗こうとしてくるので、あたしはぷいっと背ける。
「ね、ひなた。こっちを向いて?」
「……ヤダ。ちゆちー意地悪するから」
拗ねるように言うと、ちゆちーの苦笑する声が聞こえる。
「別に、からかってるわけじゃないのよ?」
「ぜったいウソじゃん!」
「……まあ、九割くらいは、そうね」
「ほらーーーー! やっぱり!」
「でも……残りの一割は、不安だったからなの」
思わず振り向くと、ちゆちーは何かを反省するように続ける。
「わたしね、ひなたに避けられたらどうしようって、不安だったの。それで、その不安はたぶんいまでも残ってて、無意識のうちに確認しようとしているんだと思う。ひなたはわたしのことをどう思っているのかな、って」
思っていたより真剣な話で返答に詰まっていると、ちゆちーは慌てたように、
「あっ。でも、急かしてるわけじゃないのよ……? 今日はいろんなことがあって、ひなたも頭がいっぱいになっていると思うし……わたしたち、女の子同士だし。やっぱりそういうのって、気になると思うし……。だから、無理に言葉にしなくても大丈夫。ひなたの気持ちはもう十分、伝わったし。友だちとして接してほしいときにはそうするし、キスしてほしいときにはそうするから。だから――」
「ちょ、ちょっと待って……! タイムタイム!」
「…………?」
「ちゆちー、さっきから何言ってるの……?」
あたしはちゆちーに向かい合う。
「女の子同士だとか……別にあたし、そういうのを気にしてるわけじゃないし……!」
「そ、そうなの……?」
あたしは首を横に振る。
ウソじゃない。ほんとのことだった。何が好きだとか、そういうのってその人の自由だと思うし、あたしは好きなものは好きって言いたいタイプだ。
じゃあ気にしていることが何もないかというと……たぶん、それも違う。
「……あたしも、不安だった」
いままで心にしまい込んでいたものを、ちゆちーに見せる。
「あたしって、そそっかしくていつも失敗してばっかりじゃん? 今日だって、せっかくちゆちーと遊んでたのにひとりで寝てばっかりだったし、鍵はなくしたと思い込むし、買ったばっかりの服は泥まみれだし、勘違いしてのどかっちに嫉妬してるし……。前に図書室でも言ってくれたよね、あたしのこと、好きだって。でも、あたし、分かんないんだ。ちゆちーは、こんなあたしのどこが好きなんだろって」
言ってから、そっか、と思う。
あたし、自分に自信がなかったんだ。
あたしよりもしっかりしてて、物知りで、大人びてるちゆちーと比べて。
そういう自信のなさが、きっと、嫉妬心にも繋がってたんだ。
「……それを言うなら、わたしだって同じよ? ひなたが倒れているんだと勘違いして、人工呼吸していたもの」
「まあ、それは……。でも、あたしの場合は今日だけじゃないし……」
もにょもにょ言っていると、ちゆちーが部屋の隅を指差す。
「あ、クワガタ」
「えっ? ウソウソ!?」
指で差された方に注目していると、突然、耳の内側を生温かい感覚が襲った。
「ひゃっ!?」
ばっと体を回転させてちゆちーの方を向く。ちゆちーはくすくす笑っている。
「ちょ、い、いま、何したの……!?」
「ひなたの耳を食べたの」
「なななな何で!?」
「好きだから」
ちゆちーは言った。
「ひなたの耳が好き。ひなたの口元が好き。ひなたの髪が好き。ひなたの声が好き。ひなたの性格が好き。ひなたの服のセンスが好き。ひなたのダジャレが好き。目の前のことに一生懸命になるところも、そこにいるだけで周りを明るくしてくれるところも、ときどき見せる不安そうな表情も、ぜんぶ、ぜんぶ、大好き」
ちゆちーは微笑みながら、あたしの頬を指でなぞる。
「それから、すぐに顔を真っ赤にしちゃうところも」
「……………………」
そこまで言われたら、何も言い返せない。
胸の中が沸騰するように熱い。嬉しくて、恥ずかしくて、心がぐつぐつする。
「ひなたのことが好きな理由、まだ足りない?」
「…………もう大丈夫、です」
ふふ、とちゆちーは笑う。
そんなちゆちーの笑顔を見ていると、余計なことを悩んでいたのかなって思う。
あたしはちゆちーが好きで、ちゆちーはあたしが好き。
だったらそれで、いいのかもしれない。
すーはー、すーはー、と呼吸を繰り返す。
ちゆちーはこれまで、あたしに何度も好きを伝えてくれていた。
だから今度は、あたしの番。
ちょっと深呼吸するくらいじゃ、心臓が落ち着きを取り戻すにはぜんぜん足りなかったけど、それを言うだけの勇気は、何とか出せた。
「……あたしも、好き」
瞳が揺れる。
あたしは目を逸らすことなく、ちゆちーに伝える。
「ちゆちーのことが好き。めっちゃ好き。……だから、その、あたしと――」
指先があたしの唇に触れて、続きの言葉を遮られた。
「……ダメよ、ひなた」
ちゆちーが言う。
「それを言うのはわたしからって、決めてたんだから」
ちゆちーが近づいてきて、あたしの唇に触れる。
その柔らかい感触をあたしはちゃんと覚えている。
覚えているはずだった、けど。
あたしにそれが、いままででいちばん、気持ちよく感じられた。
ゆっくり唇を離して、ちゆちーは言った。
「わたしと、付き合ってください」
「……はい」
答えた瞬間、抱きしめられて、ちゆちーの匂いがふわっと漂った。
あたしも腕を回して、体をもっとくっつける。
……好きな人とぎゅっとするのって、こんなに幸せなんだ。
心臓の音が激しくなって、ちゆちーにも聞こえてそうだったけど、そんなのはもう、いまさらだ。
「……ねえ、ひなた」
耳元で、ちゆちーが囁く。
「『続き』、する?」
それを聞いて、やっぱりちゆちーは意地悪だって思った。
……だって、そんなの、決まってる。
恥ずかしさで頭がぐちゃぐちゃになりそうだったけど、ちゃんと言わないとちゆちーは許してくれないって分かってたから、一生懸命、勇気を出して、あたしは答えた。
「……………………する」
あたしの思っていた『続き』と、ちゆちーの思っていた『続き』がぜんぜん違うものだと分かるのは、それから十秒後のことだ。
なんていうか、ちゆちーはやっぱり……物知りだった。
終わり
ちゆひなの雑感とあとがき的なもの
最近はTwitterやpixiv等で新たなちゆひなを生み出してくださっている方々そして公式様による供給に毎秒頭を垂れて感謝しながら生きています。
皆さんはちゆひなが好きですか?
私は大好きです。おかげさまで、ちゆちーにはスパダリの素質があって、ひなたちゃんにはぴゅあっぴゅあな誘い受けの素質があるんじゃないかという妄執にずっと囚われてるんですが、ちゆひなの解釈はイマジネーションの数だけあると思っているので、いろんな解釈を摂取しては楽しんでいます(特に地雷はない人)
17話視聴後にはすでに書き終えてたんですが、18話で「特別な好き」が分からないとひなたちゃんが言っていたので、諸手を上げながらぴゅあっぷりをかさ増ししました。公式様ありがとう……。
でも公式だとのどちゆひなが三人として推されているので(特に16話の永遠の大樹の回)、書き終わったときの罪悪感も尋常ではなかったです。本当にごめんなさい。
Twitter上では、毎日いいねやRTやコメントで反応してもらえてとても嬉しかったです。書き終えたのを一気に上げるかも悩んだのですが、途中のみなさんのリアルタイムな反応を見るのが楽しく、また、上げる直前で内容をちょっと変えたりしていたので、分割にしてよかったって思いました。読んでいただきありがとうございました。生きてるって感じです。ちゆひな大好きなので、また何か思いついたら書きたいです。
その他のプリキュアSS
<これまでのちゆひな>
1作目 『沢泉ちゆはキスがしたい』
2作目 『平光ひなたは忘れられない』
<コーヒー牛乳をカルーアミルクだと偽って酔ったふりをするララとひかるの話>