金色の昼下がり

子持ちのFP2級がプリキュア(スタプリ)について割と全力で感想・考察・分析するブログ。書籍や映画のレビュー、節約キャンペーン情報もあります

スタートゥインクルプリキュア 10話 感想 全力考察 力なき正義は無力である【スタプリ】

※この記事は、スター☆トゥインクルプリキュア第10話の感想・考察を書いたものです。ネタバレを含みますのでご注意ください。

 

 スタプリ10話、衝撃的でしたね。

 視聴し終えたときはあまりの衝撃で唖然とするほかなく、ただただ呆けるように虚空を見つめることしかできませんでした。

 

 前回の第9話でひかララのキスシーンがあったとか騒いでた自分が心底恥ずかしいです。

 

 

 1.忙しい人のためのあらすじ

  • 星奈ひかるの発案で宇宙へGO
  • 惑星クマリンにスターカラーペンがあることが分かり立ち寄る
  • しかし強化されたノットレイダーたちに敗北を喫し逃走
  • ロケットが着陸する場面をまどかのお父様にみられているシーンで終わり

 

 2.力なき正義は無力である

『パンセ』パスカル著 について

パスカルの肖像画

ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal、1623-1662)public domain

 フランスの偉大なる哲学者にして、物理学、数学などでも数々の偉業を成しとげたブレーズ・パスカル(Blaise Pascal、1623-1662)という人がいます。

 

 パスカルの名前に聞き覚えはなくても、「人間は考える葦(あし)である」という言葉は耳にしたことがあるんじゃないでしょうか?

 そんなパスカルの名著『パンセ』にて、正義と力に関する記述があります。

 ちょっと長いですが引用してみましょう。

 正義、力――正しいものについて行くのは、正しいことであり、いちばん強い者について行くのは、しかたのないことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は暴力である。力のない正義には反抗する者ができる。つねに世に悪人はたえないからである。正義のない力には非難する者ができる。だから、正義と力とを一つに合わせなければならない。そのためには、正しい者を強い者にするか、強い者を正しいものにするかしなければならない。

出典:『完訳パンセ』第5章298節 パスカル著 田辺保訳

 

 ざっくりいうと、どんなに正しい主張をしていても力がなければ無力ですよ、ということです。

 力なき正義は、正義なき力に負ける。

 だからこそ、正義なき力に対抗するためには、正義と力を一つに合わせることが必要なんですよ、というような内容です。

 

※ここでいう力とは、単なる腕力のことではありません。

 権力、知力、体力、財力…正義を実現するために必要な様々な力のことを総じて力と呼んでいます。

 

正義なき力に負けたプリキュアの敗因

 スタプリ第10話で描かれていたプリキュアは、まさしく「力なき正義」でありました。

「力なき正義」は、ノットレイダーたち「正義なき力」を前に、あえなく敗北してしまいます。

 

 では、なぜプリキュアは負けてしまったのでしょうか?

 プリキュアの敗因は何だったのでしょうか?

 

 プリキュアで描かれる力は、「想いの強さ」が具現化したものとして描かれることが多いです。

 大切な人、大切なものを想う気持ちこそが、プリキュアの力の源であります。

 

 しかしそれはプリキュアだけではなく、敵サイドにとっても同様です。

 宇宙を征服したいという強い想い、世界に対するネガティブな強い想い。

 そうした「負の想い」もまた、敵サイドにとっての強さの源であります。

 

 そして今回、プリキュアが負けたのは、まさに「想いの強さ」で負けたからだと思うのです。*1

 

ノットレイダーにもワケがある

 カッパードに対し、

「星にはその星の良さがある」

「厳しい星だけど 厳しいからこそ綺麗なの!」

 と切り込んだキュアスターでしたが、カッパードはたちまち切り返します。

カッパードが怒鳴るシーン

カッパード「ぬくぬくした環境で生きるお前が 知ったふうな口を!」出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第10話(C)ABC-A・東映アニメーション

 カッパードの魂のこもった叫びとともに、重い一撃を受けて吹き飛ばされるひかる。

 続くテンジョウも、追い打ちをかけるかのごとくひかるを蔑みます。

テンジョウ「おこちゃまにはわかんないわよね」

※この発言の後、「えっ?」と一瞬動揺するひかるの表情が映り込むのも、いい演出でしたね。

 

 これらのシーンから、ノットレイダーたちも何らかの事情を抱えていることが分かります。

 同時に、生半可な気持ちで「宇宙征服」しようとしているわけではないのだ、ということも。

 

ノットレイダーは故郷を失った民か?

 これは推測ですが、ノットレイダーたちはおそらく「故郷の星」を失った人たちではないかと思うのです。

 というのも、クマリン星について「(カッパード)このような過酷な環境の星 価値はない」と称したり、「(カッパード)ここと違って地球はなかなかの環境だからねえ 悪いようにはしない」といった発言がありました。

 

 つまり、ノットレイダーは「居住可能な星」を探している=故郷の星を喪失した、という考察です。

 だとすれば、まさしくノットレイダーたちの「想い」は命がけのものであり、生半可なものではなく、経験を伴わないひかるの言葉がまったく刺さらなかったのもうなずけます。

 また、ノットレイダーたちの「想い」の強さに、プリキュアが負けたのも理解できます。

 

 加えていうなら、カッパードやテンジョウ、アイワーンたちは明らかに人種の異なる宇宙人です。「故郷の星」もそれぞれ異なる可能性があります。

 

  もし、そうであるならば。

 ノットレイダーたちの「故郷の星」が同時期に失われるという事態が起きた、と考えるのが妥当です。

 

 それはつまり、ノットレイダーたちにもコントロールできない、「宇宙規模での大災厄(ザ・メイルストロム)」が起きている、ということを意味します。

 

「大災厄」がどのようなものなのかはわかりません。

 意思のある侵略者によるものかもしれませんし、あるいはブラックホールのような自然発生的な災害の可能性もあります。


 ただ、そうした大災厄が既に終わったものであるならまだしも、現在進行形で続いているものだとしたら、まずいですね。

 スターカラーペンを集めて、ノットレイダーたちを倒したとしても、大災厄とは関係のないことだからです。

 

 ノットレイダーはノットレイダーで、宇宙を支配し強大な力を手に入れることで、その大災厄に打ち勝とうとしている…とかいう展開だったら熱いなと個人的に思っています。

 そしたら、ノットレイダーとプリキュアの共闘もあり得るかもしれません。真の敵はノットレイダーではないのです。

 

 もっとも、敵幹部との共闘は前作「Hugっと!プリキュア」と被るといえば被るので、共闘があるにしても一味違う様相になるように思いますが、いずれにしても今後の展開が楽しみでしかたありません。

 

3.プリキュアが負けた/逃げた日

プルンスがみんなをつれて逃げているシーン

ララとプルンスの見事な連携プレー 逃げ慣れしているともいえる 出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第10話(C)ABC-A・東映アニメーション

 スタプリ第10話の見所は、なんといってもプリキュアたちが敗北を喫し、命からがら戦場から逃げ出したことでしょう。

 これまでのプリキュアシリーズにおいては、「問題が生じても1つの話のなかで完結する」というのが基本的な構成となっており、視聴し終えたときには晴れやかな気持ちになることが約束されていました。

 

 もちろん例外はあって、プリキュアが敗北したまま終わる話も過去にないわけではありません(ハートキャッチプリキュア第10話、スマイルプリキュア第22話など)。

「プリキュアの敗北」というテーマ自体は、話数としては珍しいことではあっても、決して初めてのことではないのです。

 

 しかし、そうであるなら、今回のスタプリ第10話はなぜ「衝撃と畏怖」を視聴者である私たちにもたらしたのでしょうか?

 それは、伝説の戦士たるプリキュアが逃げたからです。

 命がけの退散を、死に物狂いの撤退を、全身全霊の逃走をしたからです。

 

魔法の言葉か、死に至る呪詛か

 これまでのシリーズでは、どんな危機的な状況に陥っても、プリキュアは決して諦めない、逃げ出したりしない、それがプリキュアの矜持だと語られることが多かったように思います。

 歯がたたずに敗北することはあっても、絶望のあまり負の感情に呑まれることはあっても、もう駄目かもしれないと膝を折ることはあっても、自らで逃げ出すということはほとんどなかったように思うのです。*2

 

 しかし。

 逃げることって、そもそも悪いことなんでしょうか?

 どんなに辛い状況でも、めげずに踏ん張ることが良いことなんでしょうか。

 たとえ傷つき壊れてしまいそうになっても、頑張り続けることが良いことなんでしょうか。

 

 繰り返し語ってきましたが、プリキュアのメインターゲットは3~6歳の子どもです。

 そんな子どもたちに、「どんなときでも希望を持つんだよ」と教えてくれていたのがプリキュアでした。

 でも、それは裏を返せば呪いになりかねません。

「どんなときでも希望を持つんだよ」という魔法の言葉は、「どんなに辛くても絶対に逃げるな」という呪詛に変わってしまいかねません。

 

 だからこそ。

 本当に辛いときは、どうしようもないときは、まずその場から離れようね、逃げたっていいんだよ、自分が壊れるまで頑張る必要はないんだよ、後のことは安全なところに逃げてから考えればいいんだよ…そのようなことを、スタプリは子どもたちに示そうとしているように思うのです。*3

 

 そしてこれは大人にとっても同じです。

 過労死するまで逃げずに働く必要はありません。

 諦めずに頑張るのはいいことですが、それで自分が壊れたら意味がないのです。

  

4.星奈ひかるの脆さと強さ

キュアスターが絶望している顔

絶望するキュアスター 出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第10話(C)ABC-A・東映アニメーション

 星奈ひかるのメンタルってカーボンナノチューブみたいに強いよね、という話を前に少ししました。

 

 これまでも、突然現れたカッパードから攻撃を受けても全く恐れなかったり(第1話)、AIから暗に邪魔だとディスられても全くめげなかったり(第7話)…。

 星奈ひかるというキャラクターが恐れ、戦き、すぐ立ち直れないほど落ち込むのはどんなときだろう?

 メンタルをへし折られるのはどんなときだろう?

 あれこれ想像していたのですが、その答えはスタプリ第10話にて明確に示されました。

 

星奈ひかるの脆さ

 星奈ひかるは自分が悪くいわれたり、自分が痛い目にあったりすることに関しては非常に強い子です。

 

 ただし、それはあくまでも自分に被害が及ぶ範囲でのことです。

 他人にも被害や迷惑がかかると、ひかるのメンタルはその負荷にやられてしまいます。

 これは、自分が調子に乗ってしまったせいで他の仲間たちまでもが危機にさらされてしまった、映画ミラクルユニバースでも同様でした。

 

 自分がどうにかなる分には問題ない。

 でも、自分のせいで他人に迷惑が及ぶと、責任を感じて凹んでしまう。

 そういう意味では、ひかるは非常に責任感の強い子だと思うのです。

 

(ただ今回の件について、ひかるは自分のことを責めていますが、本質的には別にひかるが悪いわけではないんですよね。確かに宇宙に行かなければこうはならなかったかもしれませんが、それは結果論に過ぎません。いうなれば、外出を提案したら交通事故に遭ったようなものです。でもそれって、提案者が悪いわけではありませんよね?) 

 

ノットレイダーは脆くない

 星奈ひかるの脆さは、自分のせいで他人に迷惑をかけてしまうと深いダメージを負い、自信を失ってしまうところにある、と書きました。

 

 そうです。

 ノットレイダーの幹部たちとは、まさしく真逆なのです。

 ノットレイダーたちは、自分の失敗で部下が傷ついても、ダークペンを奪われても、任務に支障をきたしても、自分を責めることはありません。

 そういう意味では、ノットレイダーたちは脆くないといえます。

 

星奈ひかるの強さ

サザンクロスの絵が描けずがっかりする星奈ひかる

星奈ひかる「サザンクロスの絵を描いて 遼じいに見せてあげようと思ったのに」出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第10話(C)ABC-A・東映アニメーション

 しかし、です。

 そういった星奈ひかるの持つ「脆さ」は、果たして「弱さ」と表現すべきものなのでしょうか。

 

 そうは思いません。

 その「脆さ」は、強い責任感の裏返しであり、ひかるがいつも周囲をみまわし、他の人に、大切な人に何ができるか考えているということを如実に示していると思うのです。

 

 もっと具体的にいうと。

 ひかるは一見すると分かりにくいですが、大切な人に喜んでもらいたい、不安や疲弊を感じているなら解消してあげたい、元気になってもらいたい、という気持ちがとても強い子です。

  • そもそも、スタプリ第10話でみんなの反対を押し切り宇宙にいったのは、「遼じいのためにサザンクロスの絵(遼じいの一番好きな星座)を描いてあげたかった」から
  • スタプリ第9話ではナーバス状態のまどかを商店街につれていってあげた
  • スタプリ第7話ではロケット修理に疲弊するみんなに色塗りを提案
  • スタプリ第6話ではロケット修理に難航するララに気分転換を提案

 と、作中での描写も挙げていけばキリがありません。

 

 さて、プリキュアの強さの源は、大切な人/ものに対する想いです。

 星奈ひかるの抱える「脆さ」は、「大切な人/ものに対する想い」が強ければ強いほど「脆く」なってしまう可能性があります。

 

 しかし、ここで私は、スタプリ第4話のキュアソレイユ/天宮えれなのセリフを想起せずにはいられません。

(天宮えれな)守るものがあればあるだけ強くなる

出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第4話(C)ABC-A・東映アニメーション

 

 確かに、大切なものがあればあるだけ、大切な人を想う気持ちが強ければ強いほど、自分の失敗で傷付けてしまったり、迷惑をかけてしまったときの精神的ダメージは大きくなるかもしれません。

 でも、いや、だからこそ。

 星奈ひかるは「強い」、と私は思うのです。

 

 そして彼女の力は、正義なき力を超えるはずだ、と信じて疑わないのです。

 

※もっとも、星奈ひかるの行動が善意に基づくものだからといって、何でもかんでも説明抜きで勝手にやればいい、というわけではありません。

 詳しい説明をせず、みんなを巻き込みながら動くのは星奈ひかるの欠点でもあります。

 

 たとえば、スタプリ第3話では、ひかるがろくに説明せずドーナツ屋に行ったりホタルの光を探しに行ったりしたせいで、ララとの関係は一度破綻しました

 そのときは天宮えれなの助言を思い出してきちんと説明できましたが、それ以降も詳しい説明抜きで他人を巻き込む場面は多く(スタプリ第9話では「いいからいいから」とまどかを連れ出している)、「自分の考えをきちんと伝わるように説明する」ということは、やっぱりまだ苦手なようです。

 

 スタプリは、星奈ひかるが抱えるこうした弱点を少しずつ克服していく、成長物語としての側面もあるかもしれません。

 

5.今週のひかララも尊い

ひかララの抱き合うシーン

ひかララの抱き合うシーン 出典:スター☆トゥインクルプリキュア 第10話(C)ABC-A・東映アニメーション

 前回のスタプリ第9話ではキスシーンがあったわけですが、第10話はさらにその上を行く感じでしたね。

 いやもう、ここまで直接的な描写になると、いちいち語るのは野暮というものでしょう。

 心の中で祈りをささげておきましょう。

 この世に生を授けていただき、感謝いたします。

 業が深い大人だなあ。

 おわり。

 

【プリキュアの感想・考察記事はこちらから(一部)】*4

*1:実際、前作「Hug!っとプリキュア」では、未来におけるプリキュアは敵サイドの「負の想いの強さ」に敗北していました

*2:「Hugっと!プリキュア」において、キュアエール/野乃はなが、以前の学校でいじめられて転校した=いじめと闘わずに逃げた(その後も特にいじめっ子と闘ったり、和解したりはしない)ということはありました。参考記事:「女の子同士が手をつなぐ」ことから始まったプリキュアが「男の子同士が手をつなぐ」までに至ったことに祝福を

*3:もちろん、スタプリはどんなときでも逃げてしまえといっているわけではありません。同時に、第10話が示したように、どんなときでも諦めずに踏ん張れといっているわけでもありません。そのような極論そのものを否定しているのがスタプリだ、ともいえるかもしれません

*4:スタプリ本編の感想・考察記事は、これまで概ね放送日同日か翌日に書いていましたが、スタプリが面白すぎてどんどん長文化しており、体力の限界が近いです。今後は即日、翌日よりも遅れるかもしれませんが、のんびりと付き合っていただければ幸いです。読んでいただき、誠にありがとうございます。励みになっております。